2008-01-01から1年間の記事一覧

文法表現としてのパサージュ

鹿島茂さんの最近のお仕事のなかでもっとも印象的なのは、パリの都市論、とりわけパサージュについてのものだ。『文学的パリガイド』*1(NHK出版、→2004/8/6条)では、160年にわたって寂れ続けているパサージュがあると紹介している。「160年にわたって寂れ…

橋の展覧会ふたつ

企画展 隅田川の橋づくし@タイムドーム明石 企画展 千住で一番江戸で一番千住大橋展@荒川ふるさと文化館 長男を連れて散歩に出かける。今日の目的は、ふたつの区立ミュージアムで開催中の、隅田川に架かる橋梁に関する展覧会。別に連動しているわけではな…

ジェリーの陰に隠れて

特殊学園Q@シネマヴェーラ渋谷 「偽大学生」(1960年、大映)※二度目 監督増村保造/原作大江健三郎/脚本白坂依志夫/ジェリー藤尾/若尾文子/藤巻潤/村瀬幸子/船越英二/岩崎加根子/中村伸郎/伊丹一三/三津田健/高松英郎/三田村元/大辻伺郎/森…

『荷風全集』検印考

大正9年一年間の『断腸亭日乗』を読もうとして手に取ったのは、自宅にあるテキストである。これは岩波書店から出た第一次全集のうち、『断腸亭日乗』部分のみを抜き出して7冊に編集し直した版である。 実は第一次全集のほうも持っていて、こちらはかつて職場…

本厄の荷風

正岡子規が脊椎カリエスで苦しんだすえに息絶えた34歳、芥川龍之介が睡眠薬(青酸カリ説もあり)を飲んで自殺した35歳はとうに越え、太宰治が玉川上水に入水して果てた38歳は意識せぬまま通り過ぎていた。そうしているうち、三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐…

荷風像の価値転換

わたしが永井荷風に関心を持ちだした1980年代末頃(岩波文庫に『摘録断腸亭日乗』が入ったのが87年だからその頃だろう)、荷風という人間像をひと言で言いあらわせば、「変人」、だったように思う。現在でもそのようなイメージは払拭されずにいるかもしれな…

初めての谷口千吉作品

映画監督・谷口千吉@川崎市市民ミュージアム 「33号車応答なし」(1955年、東宝) 監督・脚本谷口千吉/脚本池田一朗/池部良/司葉子/志村喬/中北千枝子/平田昭彦/根岸明美/沢村宗之助/上田吉二郎/河内桃子/土屋嘉男/大村千吉/柳谷寛 世田谷文学…

大充実の世田谷文学館

永井荷風のシングル・シンプルライフ@世田谷文学館 「脚本と映画 橋本忍の仕事」特集展示@世田谷文学館 先日訪れた東京都庭園美術館の「建築の記憶」展もそうだったが、今回の「永井荷風のシングル・シンプルライフ」展も初日にさっそく駆けつけた。だから…

追悼市川崑監督

監督市川崑の映画たち@日本映画専門チャンネル(録画DVD) 「プーサン」(1953年、東宝) 監督市川崑/原作横山泰三/脚本和田夏十/伊藤雄之助/越路吹雪/藤原釜足/三好栄子/加東大介/杉葉子/小林桂樹/八千草薫/杉葉子/木村功/菅井一郎/小泉博/…

手を替え品を替え

「手を替え品を替え」という成語には、「あれこれさまざまな手段で試みるさま。あの手この手」(『広辞苑』第四版)という意味がある。いまだ達成されていない目的に対し、いろいろな手段を用いて達成しようとする様子がイメージされる。 だから、重松清さん…

丑年の年賀状には

初代松本白鸚二十七回忌追善二月大歌舞伎・昼の部@歌舞伎座(幕見席) 菅原伝授手習鑑 車引 今日の目的は吉右衛門の「関の扉」なのだが、混雑することを予想して、ひとつ前から観ることにした。幕見料金としては、一番最初の「小野道風青柳硯」と込みだけれ…

文化の発信源について

山形県酒田市にあるフランス料理店「ル・ポットフー」の名前を聞いてまず思い浮かべたのは、吉田健一・山口瞳の二人だった。 山口さんの場合、『酔いどれ紀行』*1(新潮文庫、旧読前読後2003/2/13条)がある。当地に宿泊した4日間のディナーがすべてここだっ…

切ない東京ミステリ

川本三郎『ミステリと東京』*1(平凡社)の、今度は内容についての影響の話。同書の一番最初に取り上げられている島田荘司さんの長篇『火刑都市』*2を読み終えた。 島田作品は学生時代いくつか読んだことがある。ただ『火刑都市』は名前だけ知っていて、未読…

若冲は死して謎を残す

新刊で出た、狩野博幸・森村泰昌ほか『異能の画家 伊藤若冲』*1(新潮社とんぼの本)を読んでいて、昨年5月に日帰りで駆けつけた相国寺承天閣美術館での若冲展(→2007/5/25条)を思い出した。 あの日は雨が降っていたこともあって、とても蒸していた。しばら…

植田正治の撮った東京

川本三郎『ミステリと東京』*1(平凡社、→2007/10/31条・2007/11/12条)の影響がまだ残っている。しかも影響はそのなかで触れられている作家・作品にとどまらない。 本書のカバーに、写真家植田正治さんの作品「水道橋風景」が使われている。1932年の作品だ…

踊りの迫力

日曜邦画劇場@日本映画専門チャンネル 「フラガール」(2006年、シネカノン/ハピネット/S・D・P) 監督・脚本李相日/脚本羽原大介/松雪泰子/蒼井優/豊川悦司/山崎静代/岸部一徳/富司純子/池津祥子/徳永えり/寺島進/高橋克実 いつか観ることに…

人生はレイアウトだ

先日久しぶりに堀切の青木書店に行ってみた。ブックオフではなく普通の古本屋でしか手に入れられない、というわけではないが、普通の古本屋で手に入れてこそ喜びがわくような本を何冊か購った。そのうちの一冊が、三國一朗『鋏と糊』*1(ハヤカワ文庫NF)だ…

たまにほのぼの気分

「本の街・神保町」文芸映画特集Vol.1 中村登と市川崑@神保町シアター 「春を待つ人々」(1959年、松竹大船) 監督中村登/脚本柳井隆雄・沢村勉/佐分利信/有馬稲子/佐田啓二/岡田茉莉子/高橋貞二/沢村貞子/田村高広/川津祐介/高千穂ひづる/水戸…

明治の香りを求めて

東雅夫編『文豪怪談傑作選特別篇 百物語怪談会』*1(ちくま文庫)を読み終えた。 最近この手の怪談もしくは幻想文学に類する小説に対し、そのように意識して読むことがなくなった。「そのように意識して」と付言したのは、本書の場合、読もうと思った動機が…

川本さんとニアミス!

「本の街・神保町」文芸映画特集Vol.1 中村登と市川崑@神保町シアター 「いろはにほへと」(1960年、松竹大船) 監督中村登/原作・脚本橋本忍/佐田啓二/伊藤雄之助/宮口精二/三井弘次/殿山泰司/織田政雄/藤間紫/柳永二郎/佐々木孝丸/城山順子/…

建築と建築家と写真家と

建築の記憶―写真と建築の近現代―@東京都庭園美術館

第94 アール・デコと内田ゴシックの白金

東京都庭園美術館の展覧会「建築の記憶―写真と建築の近現代―」を心待ちにしていたので、初日の今日、さっそく白金に足を運んだ。庭園美術館、つまり旧朝香宮邸を訪れるのは三度目か四度目になるだろう。 展覧会は、明治維新直後、記録のため撮された江戸城や…

「読書の楽しみ」の発見

最近、仕事で書誌学者川瀬一馬さんの名前に触れる機会があった。そんなことも手伝って、川瀬さんが校注・現代語訳を担当した講談社文庫版『徒然草』*1をつれづれなるままに拾い読みする。 古文の教材という強迫観念から解き放たれたいま、読み返してみると、…

夕刊フジと重松清

夕刊フジ連載エッセイについては、かねてから関心を向けてきた(文末参照)。今度出た重松清さんの文庫オリジナルエッセイ集『オヤジの細道』*1(講談社文庫)は、その夕刊フジ連載エッセイ本だという。重松作品のファンとしても、夕刊フジ連載エッセイのフ…

博物館の落とし穴

宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝@東京国立博物館 先日国立美術館のキャンパス・メンバーズについて書いた。このとき東京国立博物館にも同様の制度があることを紹介した。東博の場合、メンバーになっている大学の教員・学生は美術館と同じく常設展無料であ…

短篇から連作へ

すぐれたアンソロジーはすぐれた読書案内である。アンソロジーだから、必ずしも好きな作家や好きな傾向だけの作品が収められているとはかぎらない。編者の魅力や、ある作家の作品に対する魅力でアンソロジー本を購うと、関心が及ばなかった作品の面白さにも…

短篇の醍醐味

北村薫・宮部みゆき編の短篇小説アンソロジー『名短篇、ここにあり』*1(ちくま文庫)を読み終えた。 本書は『小説新潮』2006年11月号(特集「北村薫と宮部みゆきが愉しく選んだ歴代12篇 創刊750号記念名作選)がもとになっている。同誌が発売されたとき珍し…

喧嘩を売るまでもなく完敗

昨年末文庫に入った宮部みゆきさんの『誰か Somebody』*1(文春文庫)は、購ってそのままわたし以上の宮部ファンである妻に手渡した。妻は読みはじめてまもなく、既読であることを悟った。ということは、単行本でも購い、わたしは未読のままいまでも本置き部…

キャンパス・メンバーズという恩恵

所蔵作品展「近代日本の美術」@東京国立近代美術館 特集 国吉康雄―寄託作品を中心に―@東京国立近代美術館 いつだったか、職場のあるキャンパスを歩いていたとき、学内掲示板に貼られてあった一枚のポスターにふと目がとまった。勤務校が「国立美術館キャン…

人生の忘れもの

沢木耕太郎さんに『世界は「使われなかった人生」であふれてる』という映画エッセイ集があったが(→2007/5/1条)、佐伯一麦さんの長篇小説『鉄塔家族』上*1・下*2(朝日文庫)を読んで、タイトル中にある「使われなかった人生」という言葉を思い出した。 佐…