夕刊フジと重松清

オヤジの細道 (講談社文庫)夕刊フジ連載エッセイについては、かねてから関心を向けてきた(文末参照)。今度出た重松清さんの文庫オリジナルエッセイ集『オヤジの細道』*1講談社文庫)は、その夕刊フジ連載エッセイ本だという。重松作品のファンとしても、夕刊フジ連載エッセイのファンとしても、見逃すことのできない一冊である。
「あとがき」を見ると、本書は2005年2月から2007年8月にかけて週一回連載されたものをピックアップしたものだという(収録は90篇)。不満点その一は、連載エッセイすべてを収めたものでないこと。その二は、挿絵(本書は山科けいすけさん)も部分収録にとどまること。いずれも網羅した完本であってほしかった。
たしか泉麻人さんの連載もすでにそうだったと記憶しているが、連載が週一回になっている点緊迫感を欠いている。連載を調査した90年代初頭あたりまでは、週末を除く毎日連載であったから、行間から書き手の悲鳴が聞こえてきそうなほど、締切との格闘の様子をうかがうことができた(挿絵込みで)。
おそらく毎日連載(計約100回)だからこそ、テーマなり方法なり何か一本筋を決め、それに沿って書くことが荒行を可能にした原動力だったように思う。山口瞳さんは酒について、吉行淳之介さんは食について、井上ひさしさんは四字熟語、阿佐田哲也さんはギャンブル、小林信彦さんは笑芸というテーマを定め、中島らもさんは毎回のテーマとなる言葉をしりとりでつないでいった。
週一回と間隔が緩くなることによって、そうした筋がなくとも何とか続けていけることになり、緊迫感が薄れる。とはいえ泉さんは「地下鉄の…」シリーズなので、そうした話題が中心であり、重松さんの本書も「オヤジの…」だから、本厄をすぎたオヤジとなった自らを自虐的にネタにしたものが多くなっている。
重松さんの語り口はきわめて軽く、現代風である。自らを「シゲマツ」と称し、「てゆーか、調べて書け、シゲマツ」のような、最近よく目にする“自己呼びかけ体”とでも言うのか、そんな軽い文体で綴られている。重松ファンではあるが、この文体の軽さには違和感をおぼえる。
でも内容には共感できる部分が多い。今年本厄を迎えたわたしであるが、本厄の年を乗り切った直後に連載を始めた重松さんが説くオヤジとしての心持ち、オヤジの置かれた立場、オヤジの身の処し方、オヤジの青春時代などなど、「うんうん」と頷かずにはいられない話題の連続だ。
なかでも「懐かしい!」と涙が出そうになったのは、「ハリハリ仮面」の話題(「オヤジのウェブ2.0」)。

『ハリハリ仮面』の主役は、名前が示すとおり、同封されているシール――光り物系といえばいいか、アルミっぽいメタリックな素材で、マンガやアニメのキャラクターとはなんの関連のないオリジナルで、特に絵よりも言葉を前面に押し出したヤツが人気だった。「ワレモノ注意」とか「使用中」とか「天地無用」とか「禁煙」とか……子どもの世界とオトナの世界の狭間を狙ったようなミョーなセンスが、山口県の田舎町に住むガキんちょの心をとらえたのだ。(157頁)
「ハリハリ仮面」は、山形県の田舎町に住むガキんちょの心もやはりとらえたのだった。
また「男は背中で勝負する」では、野球中継の基本的なカメラ位置が、かつてはバックネット裏、つまりキャッチャーの背後からのものであり、その話題で若者たちと感覚のズレが生じたことが書かれている。
たしかにそうだ。でもわたしがネット裏からの中継で思い出すのは、田舎では定番の巨人戦中継でなく、なぜか「真弓明信選手」なのである。つまり阪神タイガースの真弓だが、わたしの記憶では、太平洋クラブ・ライオンズか、クラウンライター・ライオンズ時代の真弓なのだ。
調べてみると太平洋は1973から76年、クラウンライターは1977・78年だから、78年以前のことになる。小学生の頃だ。そもそもなぜ田舎の山形でパ・リーグの試合が中継されていたのかわからない。
この記憶が残っている事情は、次のようなものかもしれない。普段観ていた巨人戦中継はピッチャー側からの(現在と同じ)カメラ位置なのに、そのとき放映されたパ・リーグの試合に限ってネット裏であり新鮮だったこと。「真弓」という苗字が女の子の名前のようで印象深かったこと。
となればわたしの場合、野球中継におけるネット裏カメラは基本ではなかったことになる。重松さんのほうが数年年長なのだから、まあありうることだろう。と、そんなこんなで、記憶の底に埋もれていた「ハリハリ仮面」やら野球中継やらの記憶が、重松さんのエッセイを読むことで浮上してきたのだった。
【追記】
夕刊フジ連載エッセイのことについて書くついでに。去年青木雨彦『にんげん百一科事典』*2講談社文庫)を読んだのだが、感想を書くいとまを見つけられずそのままになってしまっていた。読んだことを書いておかないと、その記憶すら忘れてしまいそうなので、ここに書いておく。