2003-10-01から1ヶ月間の記事一覧

戸板ミステリの味わい方

書友ふじたさん(id:foujita)から、戸板康二さんの短篇「塗りつぶした顔」に私の職場が登場するということを教えていただいたので、これを収める短篇集『塗りつぶした顔』*1(河出文庫)を書棚から取り出し、読み始めた。 最近文庫本の解説は最初にさっと目を…

引用したい箇所だらけ

山本夏彦さんの本を数冊読んだ程度なのだけれど、この私にもだんだんとわかってきた。何がわかってきたかというと、山本さんの書かれていることは同じことの繰り返しであるということを。 悪い意味で言っているのではない。山本さんご自身も自覚しており、ま…

「百間遺跡問題」解決

『谷根千』73号(2003年6月)の特集は「煉瓦の記憶」だった。ここで私のよく知る煉瓦造建物についての記事があったので、その建物に関する追加情報をお知らせしたい一心で思わず谷根千工房にメールを出した。そうしたら編集人の一人仰木ひろみさんから懇切な…

歴史的存在としての文士共同体

大村彦次郎さんの新著『文士の生きかた』*1(ちくま新書)を読み終えた。大村さんは講談社『小説現代』『群像』の編集長を経て同社の要職についた名編集者の誉れ高い方である。新田次郎文学賞を受賞した『文壇栄華物語』(筑摩書房)など定評のある文壇物の…

待ち伏せに気づかずに

北村薫さんは実作者としては言うまでもなく、『謎のギャラリー』(新潮文庫)や『本格ミステリ・ライブラリー』(角川文庫)などを編む名アンソロジストでもある。つまり紹介者でもあるということで、アンソロジーを編むという営みの背後には、厖大な読書体…

ウルトラへの郷愁

お恥ずかしい話だが、かなり最近になるまで私は「ロケハン」とは「ロケ班」のことかと思っていた。「ロケをする人間の集団」の意味である。ロケ場所を見つける意味での「ハンティング」(でいいのだよな)の略語であったのを知ったのは、いい大人になってか…

不案内が案内する大阪

森まゆみさんの新著『森まゆみの大阪不案内』*1(筑摩書房)を読み終えた。 「大阪案内」ではない。大阪「不」案内である。「勝手がわからない」という意味の「不案内」は正確には案内の反対語ではないだろう。でも生粋の東京人で生まれ育った町を知り尽くし…

無垢な読書と戦略的読書

ごくまれに、数冊先まで読む本を決め意識的に流れをつくって読書することがある。でもこれはいま言ったようにまれであり、ふつうは読みたいというわが欲望のおもむくまま読む本を選び、それが結果的に流れを形成する(もしくは流れにすらならない)という、…

六代目と名カメラマンの幸福な出会い

多くの人が絶賛する六代目尾上菊五郎とはいったいどんな役者だったのか、見てみたかったなあと思うことがある。いずれ近いうちに小津安二郎が撮った「鏡獅子」を見る機会もあろうけれど、小津も六代目もこの映画はお気に召さなかったようだし、またスクリー…

酔態小説の傑作

久保田万太郎―戸板康二といった慶応出身の文人の作品に親しんでいると、否応なく目に飛び込んできて頭に刻みつけられるのは、水上瀧太郎という名前である。先般彼の長篇『大阪の宿』*1(講談社文芸文庫)が文庫になった。新刊時(8月)迷っているうちに古本…

第50 日本橋再発見

今日も秋晴れで気持ちがいい。散歩日和だ。先日は麹町・赤坂・目黒といった山の手を歩いたので、今日は少しおもむきが違ったところを歩こう。 ということでスタート地点に選んだのは下町、というより「川の手」と呼んだほうがしっくりくる日本橋である。 日…

鬼子的作品の面白さ

「孤島の鬼」を読んだ興奮醒めやらず、そのまま同じ光文社文庫版『江戸川乱歩全集』第四巻*1に収録されている長篇「猟奇の果」にも手を出した。 「孤島の鬼」のような長篇や、「隠獣」「押絵と旅する男」といった傑作中短篇は二度以上読んでいるが、さすがに…

知的好奇心のスイート・スポット

矢野誠一さんの文庫新刊『落語長屋の商売往来』*1(文春文庫)を読み終えた。矢野誠一さんの本ほど、近ごろの自分の知的好奇心のスイート・スポットに見事にはまるものはない。 本書は落語に登場する様々な商売をそれぞれ表題に掲げたエッセイ集である。取り…

なつかしの乱歩

江戸川乱歩の代表長篇「孤島の鬼」を読んだ。たぶん三回目くらいになると思うのだけれど、正確に憶えていない。初読でないことは間違いない。 それなのにこの面白さは何だろう。細かな部分を忘れているという、私のいつものおめでたさはもちろんあるのだが、…

損な書名

野呂邦暢さんの『愛についてのデッサン―佐古啓介の旅―』(角川書店)を読み終えた。野呂さんの文庫本を少しずつ集めているところであるが、読んだのは本書が初めてである。実は初めて買った野呂さんの本も本書なのだった。 本書の存在を知ったのは、沢木耕太…

寛の思想

金子光晴さんのエッセイ集『人よ、寛やかなれ』*1(中公文庫)を読み終えた。 本書は1973年に西日本新聞に原題「日々の顔」として毎日(?)連載されたエッセイをまとめ74年に刊行された同タイトルの著書に加え、関連するエッセイ数本を加えた文庫オリジナル…

また読んでしまった

同じ著者の本を続けて読むと飽きがきてしまい、好きだった人も好きでなくなるという恐れから、あまりそういうことはしてこなかったのであるが、つい興に乗ってしまってまた戸板さんの本を読んだ。『回想の戦中戦後』(青蛙房)である。 気になったので我が書…

戸板本三連読

戸板康二さんの本をこのところ立て続けに読んでいる。 『万太郎俳句評釈』(富士見書房、10/3条)・『芝居名所一幕見―舞台の上の東京』(白水社、10/5条)と来て、このほど『街の背番号』(青蛙房)を読み終えた。同じ著者の本をここまで連続して読むのも久…

「日曜日の夕刊」を月曜日の朝に

年の瀬までまだ三ヶ月近くも残っているのだから、今年一年をふりかえるのは時期尚早に過ぎるのだけれど、今年新しく出会った作家として確実に上のほうにランクすると予想されるのは重松清さんである。 一番最初に読んだのは直木賞受賞作『ビタミンF』(新潮…

戸板康二と日本語

“戸板康二ダイジェスト”のふじたさん(id:foujita)とメールのやりとりをしていて、山本夏彦さんの「かわいそうな戸板康二」(『「社交界」たいがい』文春文庫所収)というエッセイの教示を受けた。以前読んだはずなのだが忘れてしまっているので慌てて読み返…

第49 鞭打たれつつ一ツ橋界隈

東京国立近代美術館で開催中の「野見山暁治展」に行ってきた。ここを訪れるのは初めて。これまでこの建物が面している紀伊国坂をもう少し登った同じ側にある国立公文書館には仕事で何度も来たことがあるが、美術館は素通りばかりしていた。 野見山暁治という…

いのちのはての

運良く戸板康二さんの『万太郎俳句評釈』*1(富士見書房)を手に入れることができたので、さっそく読み終えた。 俳句の「評釈」といって思い出すのは、露伴の『評釈猿蓑』である。書棚の“露伴コーナー”から岩波文庫版を取り出してめくってみたが、戸板さんの…

せいぜい手帖五十冊

山本夏彦さんが亡くなって一年になろうとしている。私は山本さんの本はまだ数冊しか読んでいない。生前読んだのは一冊きり。訃報を聞いてから慌てて文庫著作を集めだし、その後何冊か読んだ。 一番最初に読んだとき、「おや?」と首をかしげた。二冊目を読ん…