平成日和下駄(43)―「放浪」の果てに

(2003年2月15日記) 林芙美子は1903年(明治36)12月31日に生まれたとされる。いま伝聞体で記したのは、出生届が翌年1月5日に出されたからで、また誕生日に諸説あるからである。川本三郎『林芙美子の昭和』(新書館、以下川本書と略)巻末の年譜によれば、…

アナロジーの愉楽

【2001年6月2日に書いた記事の再掲】 堀江敏幸さんの最新散文集『回送電車』(中央公論新社)を読み終えた。 中味としてはエッセイ集に分類していいはずなのだが、著者的には「散文集」なのだろう。冒頭に配された「回送電車主義宣言」では、自己の文学スタ…

感想を書きたくなる本

年齢のせいもあるし、それにともなう立場の変化もあって、以前のようにゆっくり本を読む時間がなく読む本が減り、ましてや読んだ本について、感じたことを文章にまとめる時間もなかなかとれなくなって困ってしまう。せいぜい140字のつぶやきで本を買ったこと…

吉本興業の秘密

(2002年9月2日に書いた記事の再掲)冨田均さんによる新宿末広亭席主北村銀太郎さんの聞書き『続 聞書き・寄席末広亭』(平凡社ライブラリー)の面白さついては先日書いた(8/24条)。これを読んでさらに興味をそそられていた事柄に、北村さんと吉本興業東京…

[読前読後]追憶の文学、あるいは夢の顔合わせ

(2001年12月4日に書いた記事の再掲) 小沼丹さんの『木菟燈籠』(講談社)を読み終えた。 何が起こるわけでもない。平静な暮らしのなかで出会う人々、小動物、木、花などとの対話の断面を切り取り、見事な言葉で結晶化する。そんな魔法のようなわざにただ見…

「三世澤村田之助小説」を超えて

今年の3/9条にて、三世澤村田之助が主人公ないし登場人物として登場する小説をあげ、これらを「三世澤村田之助小説」とくくってみた。 幕末明治期に美貌の女形として若い頃から立女形として活躍し、将来を嘱望されていたにもかかわらず、脱疽で両足や手を切…

残りの人生で吉田健一を

吉田健一は「好きな作家」というより、「好きになりたいと思っている作家」でありつづけているといったほうがよかろう。「好きな作家」と胸を張って言える自信がないからだ。一度書いた本に『時間』の一節を引用したことがあるけれど、中味を正確に理解して…

ソシュールを超えて

正木香子さんの『文字の食卓』*1(本の雑誌社)は、文字好きにとってこのうえなく素敵な本であった。だから、本好きのうえに文字好きだろうと踏んだ同僚にも薦めた。 期待どおりそれを面白く読んでくださったようで、今度は逆に、正木さんの新著が出たことを…

岡田茉莉子の入浴場面に惹かれて

日本映画専門チャンネル 「芸者小夏」(1954年、東宝) 監督杉江敏男/原作舟橋聖一/脚本梅田晴夫/岡田茉莉子/池部良/森繁久彌/御橋公/杉村春子/沢村貞子/中北千枝子/北川町子 この映画は、主演岡田茉莉子さんの入浴場面が入った宣伝ポスターが盗ま…

花柳小説の金字塔

舟橋聖一の『芸者小夏』*1(講談社文芸文庫)を読み終えた。 実はこの作品が原作となった映画をかねがね観たいと思っていて、長いあいだ果たせないでいたが、日本映画専門チャンネルで放映していることを知って慌てて録画し、どうせ観るのならその前に原作を…

引用を読むか読まぬか

9月中旬に読んだ本。 筒井康隆編『異形の白昼 恐怖小説集』*1(ちくま文庫)。 アンソロジストとしての筒井さんの見識の高さが発揮された一冊。巻末の筒井さんによる「解説・編輯後記」を早く読みたくて本篇を読んだという本末転倒の気味があった。全篇すば…

永遠と名づけ

この9月上旬に読んだ本。 伊坂幸太郎さんの『終末のフール』*1(集英社文庫)。 子供の頃、人は死んだらどうなるのだろうと考えていたら眠れなくなったとはよく聞く話である。わたしもそうだった。しかも今もってときどきそういうことが頭から離れなくなって…

8月に読んだ本

ここ一、二週間で読んだ本。 新海均『カッパ・ブックスの時代』*1(河出ブックス)。光文社を代表するシリーズだったカッパ・ブックスが神吉晴夫の手によっていかに生み出されてきたのか、どんなふうにベストセラーが企画されたのか、ワクワクさせられるよう…

古典化に遭遇する

島田荘司さんの『改訂完全版 占星術殺人事件』*1(講談社文庫)を読み終えた。本作は、昨年刊行された週刊文春臨時増刊『東西ミステリーベスト100』において、日本作品の第3位にランクされた。1985年のときは21位だったという。まあそれもそのはず、このとき…

息子が上司

漢・佐藤允! BANG!BANG!BANG! 「俺にまかせろ」(1958年、東宝) 監督日高繁明/原作樫原一郎/脚本須崎勝弥/佐藤允/姿圭子/宮口精二/伊藤久哉/中丸忠雄/有島一郎

速水御舟に惹かれる心

「速水御舟―日本美術院の精鋭たち―」@山種美術館 年のせいか最近油絵の具を使ったいわゆる洋画から、絹本・紙本に顔料で描いた日本画に惹かれることが多くなった。東京国立近代美術館など大きな美術館の常設展示などでも、日本画の空間にやすらぎをおぼえる…

最近読んだ本

読んだことの痕跡を残しておかないと、あとで自分が困ってしまう。この間4冊の本を読んだ。 まず、筒井康隆さんの『偽文士日碌』*1(角川書店)。学生の頃、『日日不穏』などの日記を爆笑しながら読んだ身にとって、そういう記憶を思い起こさせてくれる本だ…

第11 浅野川の濁流から王道へ

先日出張ではじめて金沢の町を訪れた。これまで不思議と訪れたことがなかった。一度特急で通り過ぎたことがあるだけである。仕事柄「加賀百万石」の町にいつかは訪れることになるだろうと思ってはいたが、ようやくそれが叶った。 前泊だったため、金沢の町を…

イザイザイザイザ

昭和の銀幕に輝くヒロイン第69弾白川由美@ラピュタ阿佐ヶ谷 「出世コースに進路をとれ」(1961年、東宝) 監督筧正典/脚本長瀬喜伴/小林桂樹/宝田明/高島忠夫/白川由美/中島そのみ/水野久美/藤間紫/有島一郎/柳家金語楼/藤木悠 小林桂樹さん主演…

サザンのテレビ初出演を観たのだろうか

サザンオールスターズが結成35周年を迎え、活動を再開したのは、サザンファンとして嬉しい知らせだった。三井住友銀行のコマーシャルに流れた「栄光の男」を聴いたとき、胸がじいんと熱くなった。 彼らがデビューした35年前、1978年、わたしは小学校五年生だ…

忘れぬうちに2冊の本

読み終えたまま記録を残さないと、そのうちに内容を忘れ、読んだこと、買ったことすら忘れかねない年齢になってきた。あまり時間が経たないうちに簡単に感想だけ書こうと思う。 まず伊坂幸太郎さんの『バイバイ、ブラックバード』*1(双葉文庫)。この本は、…

第102 梅雨時の鎌倉にて

「東宝映画のスターたち part1」@鎌倉市川喜多映画記念館 「生誕100年 松田正平展」@神奈川県立近代美術館鎌倉館 昨夜ツイッターで、フォローしている魅惑の名画座さんのツイートにより、昨日から川喜多映画記念館にてこの企画展が始まったことを知った。 …

金曜日の夜は映画を

“松竹三羽烏”華麗なる映画人生@神保町シアター 「結婚のすべて」(1958年、東宝) 監督岡本喜八/脚本白坂依志夫/雪村いづみ/新珠三千代/上原謙/三橋達也/団令子/山田真二/仲代達矢/小川虎之助/堺左千夫/加藤春哉/塩沢登代路/藤木悠/田崎潤/…

ファイナル平野政吉美術館

藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢 まだ雪の残る3月に秋田を訪れたとき、ツイッターにて、平野政吉美術館にて藤田嗣治の「秋田の行事」を観るのもこれで最後だろうと書いた。ところがはからずも最後の最後にまた訪れることができたのは幸いだった。6月30日いっぱ…

殺害現場だけご当地

鮎川哲也さんの長篇『宛先不明』*1(光文社文庫)を新刊で買っていたにもかかわらず、ブックオフで先日うっかりダブりで買ってしまった。文庫に入ったのは2010年7月だから約3年前。そのくらい経てば忘れるのもやむを得ないかもしれないけれど、そもそも買っ…

連句による百間作品

東雅夫編『百間怪異小品集 百鬼園百物語』*1(平凡社ライブラリー)を読み終えた。 内田百間はアンソロジーに適合的な作家である。まず一篇一篇が長くない。短いながらもまとまっている。幻想的な小品からユーモアに満ちた随筆、都会の隙間にひそむ妖異から…

府中には長谷川利行がある

近代洋画にみる夢 河野保雄コレクションの全貌@府中市美術館 土日に出張があった代休を利用して、府中市美術館に行く。前回のデルヴォー展のおりは車で行き、渋滞で往復に苦労したので、今回は京王線とバスを使う。最近美術館の展覧会情報はネット経由で知…

風の吹きまわし

ナサニエル・ウェスト(丸谷才一訳)『孤独な娘』*1(岩波文庫)を読み終えた。 翻訳小説はとんと弱く、その第一の理由は外国人の名前がおぼえられない。だからほとんど読まない。それでも若い頃は何とかカタカナ書きになっている人の名前も頭に入ってきた。…

アリバイ崩しのむずかしさ

鮎川哲也さんの『憎悪の化石』*1(角川文庫)を読み終えた。本書は、『黒い白鳥』*2(創元推理文庫)とともに日本探偵作家クラブ賞を受賞したということで、その意味ではこの二作がおなじ年(1959年)に書かれたのは奇跡的である。 容疑者のアリバイを自らの…

絶望が前に進む動機になるとき

溝口健二ふたたび@シネマヴェーラ渋谷 「ある大阪の女」(1962年、宝塚映画) 監督・脚本須川栄三/脚本依田義賢/原作溝口健二/団令子/藤原釜足/川崎敬三/勝呂誉/小沢栄太郎/山茶花究/初風諄/万代峰子/原知佐子