2003-07-01から1ヶ月間の記事一覧

小説読みのスタンスが変われば

川上弘美さんの短篇集『おめでとう』*1(新潮文庫)を読み終えた。 すぐ前に読んだのが、先日書いたように重松清さんの『ビタミンF』(新潮文庫)である。『ビタミンF』は現在自分が置かれている状況に近しく、物語自体にもリアリティがあるから、身につま…

第48 間口二間半の謎

朝の通勤時、私は、本郷通りの農学部から東大正門までの間の西側(東大キャンパスとは逆)歩道を歩くことが多い。最近この歩道が整備された。細かな石を含んだ質感の素材で表面が平らに舗装し直され、また視覚障害者用誘導帯(誘導ブロック)が設けられたの…

Fの寓意

ここ数年の間に、自分のなかで心境が変化しつつあるということを実感している。「心境の変化」とはすこぶる曖昧な表現だが、こういうことだ。 結婚し、職を得て東京に移り住み、子供が生まれ、その子供が幼稚園に入った。20代後半から30代前半にかけて、慌た…

幕臣落語家の生き方

杉本章子さんの『爆弾可楽』*1(文春文庫)を読み終えた。本書は表題作の「爆弾可楽」ともう一篇「ふらふら遊三」と題する二篇の中篇から成る小説集である。 杉本さんの本はほかに、小林清親を主人公にした直木賞受賞作『東京新大橋雨中図』(文春文庫)があ…

読んで釣銭が来る

大野晋さんの自伝『日本語と私』*1(新潮文庫)は太閤記の現代版である。そんな突飛なひと言で始めたい。 日本語・タミル語起源説で学界を騒然とさせ、また最近では丸谷才一さんの『輝く日の宮』(講談社)との関連でお名前をよく聞くようになった国語学者大…

小沼丹のミステリ

小沼丹『黒いハンカチ』*1(創元推理文庫)を読み終えた。 小沼丹の作品をはじめて読んだのは一昨年の4月。『東京人』2001年5月号(特集「古本道」)における田村書店奥平晃一氏の発言(「私の店に来る人で小沼丹を知らない人がいたら、本なんか読まないほう…

杉田久女伝説の弁証法

田辺聖子さんによる俳人杉田久女の評伝『花衣ぬぐやまつわる……―わが愛しの杉田久女』(上*1・下*2、集英社文庫)を読み終えた。田辺さんの本を読むのは初めて。 杉田久女とは、『ホトトギス』高浜虚子門下の女流俳人で、明治23年(1890)官吏だった父の任地…

関東大震災補遺

今年は関東大震災から80年目という区切りの年にあたる。 今年に入って“関東大震災の文学誌”という、震災について触れている文学作品を集めたコンテンツを作成し、また『BOOKISH』の3・4号二号にわたり「関東大震災について」という文章を書いたので、いかに…

教える礼儀、教わる礼儀

先日の『礼儀作法入門』*1(新潮文庫)につづき、今年二月に新潮文庫に入った山口瞳さんの『続 礼儀作法入門』*2を読み終えた。 解説「門前の小僧」を書いておられるご子息の山口正介さんは、前者を総花的とすれば、後者はやや具体的と表現する。実際前著で…

伊東忠太を語る

ワタリウム美術館で開催されている「建築家・伊東忠太の世界展」では、関連する催しも多彩で、こちらも魅力的だ。先日そのひとつ「忠太の建築を巡るバス・ツアー」に参加したことについては、6/29条で書いた。 昨日また関連企画のひとつ「シンポジウム 伊東…

山口瞳の肉声

今年に入ってから突如として山口瞳復権という風潮が強くなってきた。すでに新潮文庫では新刊が三冊刊行され、また『小説新潮』で特集もなされた。今後も文庫刊行、『別冊文藝』特集号など、リバイバルの動きは消えないようである。 リバイバルするちょっぴり…

中年親父の哀愁

体調が万全という日がない。調子が悪いと気分も落ち込む。「死」というものが頭を支配する時間が多くなってきた。中年への変貌をいやおうにも感じさせられる。30代なかばにしてこれだから、この先いったいどうなってゆくのだろう。 さらにこんな気分に追い打…

裏が表で、表が裏で

先日村松友視さんの『鎌倉のおばさん』(新潮文庫、以下前作)について書いたおり(7/4条)に触れたとおり、村松梢風は実家のある清水に妻を残し、彼女に体が不自由な実母の世話を託して自らは鎌倉に「梢風居」を構えて愛人である絹枝と二人で住んだ。梢風は…

病気との付き合いはむずかしい

病気というものは、きわめて個人的な事柄に属する。いくら病気の辛さを他人に訴えても、訴えた本人の気持ちを100%理解してもらうことは難しい。 では問診医療なんて意味がないではないかという問題になるが、これは私の考えの及ぶところではない。ひとまず…

大正の時代精神

関川夏央さんは、谷口ジローさんとの共作『「坊っちゃん」の時代』五部作(双葉文庫収録)において、時代の閉塞感に悩める明治人の群像をたどった。そこで主人公となったのは、鴎外・漱石・二葉亭四迷・幸徳秋水・石川啄木ら江戸末期から明治初頭に生まれ、…

お洒落なゴルフ小説

先日書いた山本夏彦さんの『私の岩波物語』(文春文庫)は電車本だった。電車本にしては重めの内容だったので、次は軽い物を読もうと思った。そこで選んだのは佐野洋さんの『四千文字ゴルフクラブ』*1(文春文庫)である。 佐野さんの本を読むのは2冊目。最…

馬券の真実

先日入手した『値段の明治・大正・昭和風俗史(上)』*1(朝日文庫)をぱらぱらめくっていたら、岩川隆さんが「勝馬投票券」について書いている文章が目にとまった。付載されている明治からの馬券価格表とともに、興味深いものだった。 それによれば、大正12…

狗頭羊肉の本

山本夏彦さんの『私の岩波物語』*1(文春文庫)を読み終えた。これまで本書を読んだ書友の皆さんいずれもが声を揃えて絶賛しているとおり、名著といえる。 山本さんご自身が主宰するインテリア専門誌『室内』を回顧しつつ、それに仮託して実は「言論と出版の…

ネジのはずれた人生

村松友視さんの泉鏡花文学賞受賞作『鎌倉のおばさん』*1(新潮文庫)をようやく読み終えた。記録を見ると、私は本書を一昨年の10月頃に読みはじめている。ところが200頁くらいまで読み進んだところで中断し、そのままになってしまっていた。 実際このように…

大女優の誘惑

池袋の新文芸坐で始まった「名匠・成瀬巳喜男の世界」で、まず「放浪記」を観た。今後も未見の成瀬作品を観ることができるかと思うと幸せな気分になる。私はごく最近旧作日本映画を見始めたに過ぎない。いまのところ日本映画の旧作一辺倒で、新作はおろか外…

買った古本がじわじわと

長い間探していた本を古本屋で見つけたときの喜びの大きさは筆舌に尽くしがたい。しかも、よく行く古本屋よりもたまたまふらっと入った古本屋で見つけたときのほうがさらに喜びが大きい。不思議なものである。 古本屋で探していた本と出会う、こういう本との…