2004-07-01から1ヶ月間の記事一覧

出版神話の崩壊と書店

先日の青山ブックセンター(ABC)倒産は、出版・書店業界はおろか、一般の読書家にも大きな波紋をひろげたようである。「ようである」などともってまわった言い方をしているのは、自分はこれまでABCを書店としてほとんど利用しておらず、第一報を聞いたとき…

ひろい読み断腸亭日乗(8)

大正15年7月30日条 七月三十日。空晴渡りて炎暑昨日に比すれば稍忍易し。晩間遠雷殷殷、驟雨沛然たり。山形ホテル暑中旅客なく、食堂を閉す由なれば、銀座風月堂に徃きて食事をなす。帰宅後小説の草稾二三枚をかき得たり。「遠雷殷殷、驟雨沛然」なんていう…

栄光の文学座

文学座には忘れられない思い出がある。約2年半前、信濃町にある文学座アトリエで創立65周年企画として上演された久保田万太郎作「大寺学校」を観に行ったことだ。このときの感激は旧読前読後2002/2/3条に縷々書いたが、アトリエの雰囲気、加藤武さん主演の芝…

おもろい夫婦

先日『井伏鱒二全詩集』*1(岩波文庫)を読み感じたことのひとつに、井伏の詩に近い雰囲気を持つ詩を作る人はいるだろうかということだった。詩を読まない人間なので乏しい読書経験からの印象に過ぎないが、井伏に兄事した木山捷平の詩がまず思い浮かんだ。…

極私的「本屋でトイレ」考

本屋さんに入るとお腹の具合がおかしくなってトイレに駆け込みたくなるという話はよく聞く。個人的な記憶をたどれば、ウッチャンナンチャンのネタで聞き、「そうそう」と強く共感をおぼえたのが最初だったような気がする。 もっとも私の場合、本屋といっても…

ひろい読み断腸亭日乗(7)

昭和7年7月22日条 七月廿二日。空よく晴れ日の光焼くが如く風そよ\/と吹き通ふ。いかにも東京の夏らしき日なり。夜銀座二丁目の洋食屋にて神代君に逢ふ。「空よく晴れ日の光焼くが如く風そよ\/と吹き通ふ」というのが「いかにも東京の夏らしき日」と荷風…

山本夏彦の花柳界論

昨日触れた井上章一さんの『愛の空間』(朝日選書)は、井上さんの他の著作の例に漏れず知的刺激にあふれた本だった。意表をつく引用の数々とそれらにもとづいた発想の鋭さは、食欲のおこらない暑い夏に辛いものを食べると食欲が沸いてくるのと同じように、…

引用の魔力

競馬の3歳牡馬(かつては数え方で4歳だったが)の三冠レースといえば、皐月賞・ダービー・菊花賞とたちどころに答えることができる。しかしこれは競馬に親しんだいまだから言えるのであって、知らない頃は桜花賞や天皇賞、有馬記念などとまったく区別がつか…

「寄せては返す波の音」という先入観

新潮文庫の新刊を買うと、たいてい二種類の挿入物が挟み込まれている。ひとつは「今月の新刊」のリーフレット、いまひとつは「YONDA?CLUB」のそれだ。新潮文庫にはスピン(栞紐)がいまも生きているけれど、私はこれを使わない。最初に挟まれていたページか…

いまごろ「七人の侍」

レンタルDVD 「七人の侍」(1954年、東宝) 黒澤明監督/三船敏郎/志村喬/加東大介/木村功/千秋実/宮口精二/稲葉義男/津島恵子/島崎雪子/左卜全 黒澤映画の最高傑作をいまごろになって初めて観た。それにしても「休憩」がはさまるほどの長い映画で…

近づいてきた

泉麻人さんの文庫新刊『通勤快毒』*1(講談社文庫)を読み終えた。本書は同じく講談社文庫に入っている『地下鉄の友』『地下鉄の素』『地下鉄の穴』『地下鉄100コラム』につづく「夕刊フジ」連載の人気コラムの文庫化である。 本書を読んで、「近づいてきた…

サヨナラダケガ…

井伏鱒二が「人生別離足ル」という漢詩の一節を「サヨナラダケガ人生ダ」と訳したことについては、山本夏彦さんのコラムで知ったのだと思う。いま見てみると藤原正彦編『「夏彦の写真コラム」傑作選1』*1(新潮文庫)に収められた「君たちはどう生きるか」で…

なぜ考「現」学なのか

川添登さんの『今和次郎―その考現学』*1(ちくま学芸文庫)を読み終えた。あのリブロポートの「民間日本学者」シリーズ中の一冊として刊行された元版の文庫化であり、文庫化にあたり元版刊行後に発表された著者の考現学に関する論考三篇を補論として新たに収…

ひろい読み断腸亭日乗(6)

昭和22年7月20日条 七月二十日。日曜日。晴。土用の入。風ありて暑気稍忍び易し。 此頃の闇値一鰻蒲焼一串 二拾円より四拾円(以下略)今日は土用丑の日。いまは一串いくらだろう。週刊朝日編『値段の明治大正昭和風俗史(上)』*1(朝日文庫)によれば、昭…

老年小説と花柳小説

野口冨士男さんの短篇集『しあわせ』*1(講談社)を読み終えた。 本書は純粋な小説集としては生前最後のものになるようである(本書刊行後自選作品集とエッセイ集が出ている)。「横顔」「妖狐年表」「ぶっちぎり」「薄ひざし」「うしろ姿」「しあわせ」の6…

ひろい読み断腸亭日乗(5)

昭和8年7月25日条 七月廿五日。晴れて風涼し。森潤三郎氏著紅葉山文庫と書物奉行をよむ。此夜九時より十一時迄銀座通京橋区一帯防空演習のため燈火を消す。カツフエーは燈火消滅のころいづこも大に繁昌したりと云。わが郷里山形市で日本最高気温40.8度を記録…

勧誘のことわりかた

どういうわけか職場にしばしば資産運用・節税対策・年金対策などの勧誘電話がかかってくる。口下手であしらい方も苦手なので、その都度対応に窮してしまう。「そもそも運用すべき資産はない」「将来のことなどまだ考えていない」と答えようものなら、「ない…

吉田健一の遺作短篇集

古書往来座@南池袋 ★吉田健一『道端』(筑摩書房) 函・帯、1500円。吉田健一没後に刊行された短篇集。出会えるとは思ってもいなかった本。嬉しい、嬉しい。その他この店には吉田健一の本が多くあり。しかも思った以上に安い。

詩作から遠く離れて

平出隆さんの『伊良子清白』*1(新潮社)を読み終えた。 新刊で出たとき(2003年10月)、手にとって造本の美しさにため息がもれた。愛読する平出さんの著書であるとはいえ、伊良子清白という対象をまったく知らなかったことと値段の高さ(本体5600円)ゆえに…

ひろい読み断腸亭日乗(4)

大正15年7月17日条 一昨夜木曜会席上にて葵山子と帝国劇場にて会ふべきことを約したれば、晩食すませて後家を出でたり。帝国劇場観覧席床下より化学作用にて冷風を吹上げ、場内の空気を転替せしむる仕掛をなす。初めは涼味を覚えて心地よけれど、長く座に在…

東京っ子のたたずまい

林えり子さんの『東京っ子ことば』*1(文春文庫)を読み終えた。本書については、元版*2が出たときにも書いた(旧読前読後2000/9/25条)。ただこのときは、新聞広告で見て気になった直後に書店で出会い、めくったら戸板康二・幸田文といった名前を目にして即…

句集に縁ある一日

伊勢丹浦和大古本市 ★『永井龍男全集』第12巻(講談社) 函、1500円。全集最終巻の端本で、俳句集に年譜・著作年譜・書誌が付く。俳句集には、『文壇句会今昔』全文に加えその拾遺369句、句集『雲に鳥』に加え「雲に鳥以後」として177句が収録。解題によれば…

伊良子清白へ向かって

高橋源一郎さんの『日本文学盛衰史』*1(講談社文庫)を読み終えた。高橋さんの本を買うのも読むのも久しぶりのような気がする。東京に移り住んでからは初めてかもしれない。 660頁にのぼる大冊であるにもかかわらず、意外にすいすいと読むことができた。明…

戸板康二解説の文庫本

綾瀬駅近くの新古本屋 ★小泉喜美子『血の季節』(文春文庫)ISBN4167389029 カバー・帯、50円。安い!嬉しい! 戸板康二さんが解説。ふじたさん(id:foujita)の“戸板康二解説の文庫本を探せ!”参照。「早春の青山墓地で幼女の惨殺死体が発見された。深夜の…

ひろい読み断腸亭日乗(3)

昭和4年7月16日条 ・七月十六日 朝の中既に八十五六度の暑なり、午後書鹿〔たけかんむりあり〕を曝す、旧友の書簡多きが中に押川春浪有島武郎井上唖々の如き今は世になき人々の手紙多くあり、徃時を憶うて悵然たることしばらくなり、晩凉を待ち三番町に徃き…

都筑道夫・佐野洋読みくらべ

先日読んだ都筑道夫さんの『退職刑事1』*1(創元推理文庫、→7/9条)巻末にある法月綸太郎さんによる解説は、都筑さんの本格ミステリへの取り組みを概観し、そのなかに「退職刑事」シリーズを位置づけるという内容の力作で、読みごたえがあった。このなかで気…

ひろい読み断腸亭日乗(2)

昭和15年7月15日条 七月十五日。晴。炎蒸いよ\/堪難し。午後平井猪場氏来話。相携へて芝口の千成に飯し汐留橋の欄干に凉を納む。この橋上と信楽新道松阪屋裏四ツ角との二箇所はいかに暑苦しき夜にも凉風の来るあり。銀座辺にて最も凉しきところなり。橋上…

戸板康二署名本考

ネット古書店で購入した『ラッキー・シート』が署名本だったことは思いがけない僥倖だったが、戸板さんの署名本自体はそれほど珍しいというわけではない。私もけっこう多く持っているし、奥村書店などに行くとときどき署名本を目にする。この機会に自分が持…

ひろい読み断腸亭日乗(1)

昭和14年7月7日条 七月七日。晴また陰。溽暑甚し〈摂氏二十五六度〉 未明に起きたれば庭を帚き草を抜く。(〈 〉内は割書)荷風さんが現在の東京に住んでいたら、この摂氏三十五度の暑さに耐えられるのでしょうか。

伊馬春部と戸板康二〔病中病後その8〕

体温の高さが気になりだすにつれ、ネットを見るのも億劫になった。PCのある部屋はエアコンがなく、蒸し風呂状態だからだ。それから退院まで長い期間ネットから離れていたわけで、この期間はネットをはじめて以来の最長記録かもしれない。だから退院後インタ…