極私的「本屋でトイレ」考

トイレではない

本屋さんに入るとお腹の具合がおかしくなってトイレに駆け込みたくなるという話はよく聞く。個人的な記憶をたどれば、ウッチャンナンチャンのネタで聞き、「そうそう」と強く共感をおぼえたのが最初だったような気がする。
もっとも私の場合、本屋といっても新刊書店ではない。もっぱら古本屋である。しかもその古本屋にも条件があるらしいことに先日気づいた。尾籠な話になってしまうが、お許しいただきたい。
さきの週末、柏の古本屋に行くつもりで、出がけに自宅のトイレで用をすませた。これは出かける前の習慣的生理的行為でなく、「柏の古本屋に行く」から、わざわざトイレに入ったのである。なぜかといえば、柏の「古書森羅」に行くといつもお腹がグルグルと鳴り出し、具合がおかしくなるからなのだ。最初に訪れたときは我慢できず店のトイレをお借りした。そのあと一度また同様の現象が襲ってきたことがあったが、そのときは我慢した。だから今回はそうならぬよう、周到に済ませたつもりだった。
ところが案の定古書森羅に入って文庫本の棚を眺めていたら調子が悪くなってきたのだ。トイレを借りればすっきりするものを、一度そういう経験があるうえこの店のトイレはレジの背後にあって客専用ではないから、どうしても我慢しようとしてしまう。しまいに手には冷や汗、文庫の棚を眺める目もうつろになってきた。結局集中力を欠いてしまい何も買わずに店を出る始末。
この店に行くとお腹の具合が悪くなるという精神的なプレッシャーゆえなのか、はたまた古本屋(もしくは新刊書店)という空間に存在する何か特別な要素がお腹の具合を悪くさせるという病理的(?)な原因によるのか。収穫を得られなかったという苦々しい思いで帰りの電車に乗り、あれこれと原因を考えてみる。よくよく考えれば、南砂・西大島にある二つのたなべ書店に入ったときもこうなりやすい。とりわけ西大島店に行くと必ずおかしくなる。さらに昔のことを思い出すと、学生の頃アルバイトをしていた古本屋でも、仕事中トイレに駆け込んだ経験が数え切れないほどあった。
古書森羅・たなべ書店・バイト先の古本屋、これらに共通するのは、第一に古本屋であること。第二に、文庫本の数が並大抵でなく、私の身長をはるかに越える高さの専用棚に著者名五十音順で整然と並んでいることである。古書店、整然と並ぶ厖大な文庫本、身長より高い場所から足下まで左から右へと目線を動かす動作、これら要素が絡み合って私の腸を刺激するのに違いない。この条件がピタリと合ったとき、私の腸が刺激されさかんに動き出す。
…などと共通点を発見し納得していたら、いつのまにかお腹が痛みは消えている。それではということで松戸で途中下車し、駅前にあるブックオフに立ち寄ってみた。あるいはブックオフのような新古書店なら大丈夫かもしれない。
…しかし甘かった。やはりおかしくなってきた。ここも厖大な文庫本が五十音順に整然と並んでいるからか。買いたい本が何冊かあったのだが、レジまで持っていく余裕がなくなるほど痛くなってきた。ああ、まずい。ほうほうの体で店の外に飛び出したのだった。
ちなみに写真はわが書棚の一部であるが、この空間にいてもお腹の調子は何ともない。逆に考えれば、便秘で困っているとき(あまり経験はないけれど)これらの古書店に行ってみるのもいいかもしれない。