戸板康二署名本考

戸板康二の署名本

ネット古書店で購入した『ラッキー・シート』が署名本だったことは思いがけない僥倖だったが、戸板さんの署名本自体はそれほど珍しいというわけではない。私もけっこう多く持っているし、奥村書店などに行くとときどき署名本を目にする。この機会に自分が持っている戸板本は何冊で、そのうち署名本は何冊あるのか、整理しようと思い立った。
下記に並べたのが、現段階での戸板本所持リストである。太字が署名本。リストは“戸板康二ダイジェスト”のふじたさん(id:foujita)が作成された刊行順リストのデータを許可を得て拝借し、刊行年月を西暦に変換するなどの加工をほどこした。( )内の三桁の数字はふじたさんによる戸板さんの著作の通し番号である。

  1. (006)『歌舞伎への招待』(衣裳研究所、1950.1)
  2. (008)『歌舞伎の話』(角川書店、1950.12)
  3. (012)『劇場の椅子』(創元社、1952.9)
  4. (018)『芝居名所一幕見―舞台の上の東京』(白水社、1953.12)
  5. (032)『演劇・北京―東京』(村山書店、1956.12)
  6. (033)『忠臣蔵』(創元社、1957.12)
  7. (034)『卓上舞臺』(村山書店、1958.5)
  8. (037)『街の背番号』青蛙房、1958.9)
  9. (038)『歌舞伎歳時記』(知性社、1958.11)
  10. (040)『歌舞伎鑑賞入門』【編・共著】(創元社、1959.12)
  11. (047)『歌手の視力』桃源社、1961.5)
  12. (049)『第三の演出者』(桃源社、1961.6)
  13. (052)『ラッキー・シート』河出書房新社、1962.3)
  14. (054)『いえの藝』(文藝春秋新社、1963.3)
  15. (059)『歌舞伎ダイジェスト』【新書版】(暮しの手帖社、1965.10)
  16. (060)『女優のいる食卓』(三月書房、1966.6)
  17. (065)『酒の立見席』(サンアド、1968.1)
  18. (069)『演藝画報・人物誌』青蛙房、1970.1)
  19. (071)『劇場歳時記』(読売新聞社、1970.8)
  20. (080)『尾上菊五郎』(毎日新聞社、1973.10)
  21. (083)『午後六時十五分』(三月書房、1975.7)
  22. (085)『美少年の死』(広論社、1976.3)
  23. (086)『グリーン車の子供』(徳間書店、1976.10)
  24. (090)『孤独な女優』(講談社、1977.4)
  25. (096)『小説江戸歌舞伎秘話』(講談社文庫、1977.12)
  26. (097)『歌舞伎十八番』(中公文庫、1978.1)
  27. (098)『ちょっといい話』(文藝春秋、1978.1)
  28. (099)『ロビーの対話』(三月書房、1978.2)
  29. (101)『折口信夫坐談』(中公文庫、1978.9)
  30. (104)『六代目菊五郎』(講談社文庫、1979.6)
  31. (105)『回想の戦中戦後』(青蛙房、1979.6)
  32. (108)『歌舞伎輪講【共著】(小学館、1980.5)
  33. (110)『新ちょっといい話』(文藝春秋、1980.7)
  34. (113)『團蔵入水』(講談社、1980.9)
  35. (115)『写真 歌舞伎歳時記 秋冬』(講談社文庫、1980.12)
  36. (116)『写真 歌舞伎歳時記 春夏』(講談社文庫、1981.2)
  37. (118)『團十郎切腹事件』(講談社文庫、1981.10)
  38. (121)『目の前の彼女』(三月書房、1982.1)
  39. (122)『目黒の狂女―中村雅楽推理手帖』(講談社、1982.5)
  40. (123)『黒い鳥』(集英社文庫、1982.7)
  41. (124)『ちょっといい話』(文春文庫、1982.8)
  42. (125)『グリーン車の子供』(講談社文庫、1982.8)
  43. (126)『ハンカチの鼠』(旺文社文庫、1982.8)
  44. (127)『女優のいる食卓』(旺文社文庫、1982.9)
  45. (128)『夜ふけのカルタ』(旺文社文庫、1982.10)
  46. (129)久保田万太郎(文春文庫、1983.8)
  47. (130)『松風の記憶』(講談社文庫、1983.9)
  48. (131)『淀君の謎―中村雅楽推理手帖』(講談社、1983.9)
  49. (132)『名セリフ言語学』(駸々堂出版、1983.10)
  50. (133)『物語近代日本女優史』(中公文庫、1983.10)
  51. (135)『新ちょっといい話』(文春文庫、1984.3)
  52. (137)『旅の衣は』(駸々堂出版1984.7)
  53. (139)『思い出す顔』(講談社1984.11)
  54. (140)『歌舞伎題名絵とき』(駸々堂出版、1985.6)
  55. (141)『あどけない女優』(文春文庫、1985.7)
  56. (142)『劇場の迷子―中村雅楽推理手帖』(講談社、1985.9)
  57. (145)『松井須磨子』(文春文庫、1986.1)
  58. (146)『新々ちょっといい話』(文春文庫、1986.4)
  59. (147)『楽屋のことば』駸々堂出版、1986.9)
  60. (149)『塗りつぶした顔』(河出文庫、1987.6)
  61. (151)『句会で会った人』(富士見書房、1987.7)
  62. (152)『才女の喪服』(河出文庫、1987.7)
  63. (153)『泣きどころ人物誌』(文春文庫、1987.11)
  64. (154)『浪子のハンカチ』(河出文庫、1988.1)
  65. (155)『見た芝居・読んだ本』(文春文庫、1988.5)
  66. (156)『忘れじの美女』(三月書房、1988.5)
  67. (158)『食卓の微笑』(日本経済新聞社、1989.4)
  68. (159)『慶応ボーイ』(河出書房新社、1989.4)
  69. (161)『季題体験』(富士見書房、1990.5)
  70. (162)『うつくしい木乃伊』(河出書房新社、1990.8)
  71. (164)『ことば・しぐさ・心もち』(TBSブリタリカ、1990.11)
  72. (168)『人物柱ごよみ』(文藝春秋、1991.10)
  73. (169)『日本の名随筆 芝居』【編集】(作品社、1991.12)
  74. (171)『万太郎俳句評釈』(富士見書房、1992.10)
  75. (173)『俳句・私の一句』(主婦の友社、1993.5、以下没後刊行)
  76. (175)『家元の女弟子』(文春文庫、1993.11)
  77. (176)『歌舞伎ちょっといい話』(主婦の友社、1993.11)
  78. (177)『六段の子守唄』(三月書房、1994.1)
  79. (178)『最後のちょっといい話 人物柱ごよみ』(文春文庫、1994.10)
  80. (179)『ぜいたく列伝』(文春文庫、1996.3)
  81. (180)『あの人この人 昭和人物誌』(文春文庫、1996.11)
  82. (181)『すばらしいセリフ』(ちくま文庫、1999.12)
  83. (182)『戸板康二俳句集』(三月書房、2000.7)
  84. (183)『小説・江戸歌舞伎秘話』(扶桑社文庫、2001.12)
  85. (185)『歌舞伎への招待』(岩波現代文庫、2004.1)
  86. (186)『続 歌舞伎への招待』(岩波現代文庫、2004.2)

以上、文庫中心に計86冊も持っていた。収納を言えば、文庫は専用棚に別にしており、単行本も本棚の一段に収まりきれず分散させざるをえないので、こんなに持っているとは思わなかった。一人の著者の本では、江戸川乱歩澁澤龍彦につぐ冊数かもしれない。
没後刊行の12冊を除く74冊中、署名本は9冊。約12%の署名本率である。分母(持っている本の総数)が大きいゆえに分子(署名本)も大きいとも考えられるが、自分の感覚では戸板さんの署名本を見つける頻度は高いという印象である。
不思議なのは、今回の『ラッキー・シート』の場合ネットの表示ではとくに署名本という注記がなかったこと。届いて初めて知ったのだ。古本屋さんのほうで見逃すはずはなかろうから、古本屋としては伊馬春部献呈署名入という点にプレミアが付くとは考えていないことが推測される。伊馬春部宛どころでなく、署名入という点すら顧慮されていないとおぼしい。
実はこうした経験は過去に何度かある。やはりネットで注文して届いてから献呈署名入(これも戸板さんの本でよく見る名前の)であったことを知った本があるし、古本屋でも署名入を謳っていないのに、手にとって扉を見たら署名入という本もあった。
すべての場合において署名入本即プレミア付というわけではないだろうが、戸板さんくらいの人物ともなれば署名入はそれなりの付加価値となるはず。ところがまったく顧慮されない場合があるということは、需要と供給のバランスから、それだけ署名本が多く存在するということなのだろうか。
実際私の持つ署名本の多くは献呈署名入(宛名が古本屋の手で摺り消されたものもある)であることから、戸板さんは自著が上梓されるたび、親友知己に宛ててこまめに献本していることがわかる。しかも献呈箋で済ますのでなく、自らペンをとって宛名と署名を書き入れる作業を行なっているのである。文庫本が出たときにも怠らない(文春文庫『久保田万太郎』の例)。
ファンにとって、愛読する著者の署名本を持つことは喜び以外の何者でもない。ましてや著名な人物への献呈があれば、その本を媒介にした著者と受贈者の関係を推測する手だてになり、前の持ち主を知ってその本にいっそうの愛着を寄せることもある。多くの献呈署名本が古本市場に存在する戸板本からは、戸板さんが知己に対してまめに献呈していたことがわかり、そこに人柄の一端をうかがうことができるのではあるまいか。