買った古本がじわじわと

長い間探していた本を古本屋で見つけたときの喜びの大きさは筆舌に尽くしがたい。しかも、よく行く古本屋よりもたまたまふらっと入った古本屋で見つけたときのほうがさらに喜びが大きい。不思議なものである。
古本屋で探していた本と出会う、こういう本との出会い方もあれば、とくに探していたわけではないけれど、またいま読みたいというほどではないけれど、あとあと読みたくなってそのときには手元にないという悔しい思いをしたくないので、とりあえず買っておくという古本との出会い方もある。後者の出会いは、金銭的余裕がないと生じない。
そうした本を「とりあえず」買って、帰宅してからゆっくりと見直してみる。そのうちにじわじわと「買っておいてよかった」と喜びがにじみ出てくる本がある。
買うときはさほど喜びはなかったのに、買って時間が経つにつれて喜びがわいてくる。滅多にないけれどそういう本との出会い方も楽しいものだ。
先日立ち寄った古書ほうろうで、この滅多にない体験をした。購入したのは、週刊朝日『値段の明治・大正・昭和風俗史』(上*1・下*2朝日文庫)。昭和54〜58年の足かけ5年にわたり『週刊朝日』に連載されたコラムをまとめたもので、近現代の生活風俗に関する事物について一人の筆者がエッセイを書き、そこに明治から昭和50年代までの当該事物の物価表が付けられている。上下とも600頁を超える大冊だ。
同じ朝日文庫から『戦後値段史年表』という本が出ているが、そちらは本書の一覧表のみを抜粋(データも増補)した完全なデータブックとなっていて、それはそれで使いでがある。
物(必需品・食物など)以外にも、運賃・入場料・給料などさまざまな事象の値段の推移がわかるだけでない。書き手も超一流ぞろい。購入を決定したのは戸板康二さんが「劇場観覧料」について書いているからだが(上巻収録)、これを見てもわかるように、その事物にふさわしい書き手の名前がずらりと並んでいる。
野口冨士男「芸者の玉代」、川崎長太郎「質屋の利息」、山田風太郎「巡査の初任給」なんていかにもではないか。
山本夏彦さんはこのコラムの熱心な読者で、同誌が届くといち早く切り抜いたという。その山本さんはコロッケについて書いている(上巻収録)。昭和5年で2銭、同58年で60円。はていまは精肉店でコロッケを買うといくらするのだろう。100円くらいか。
本書を拾い読みしていると、いかに自分が物の値段に無頓着であるか反省させられる。