なつかしの乱歩

江戸川乱歩全集4

江戸川乱歩の代表長篇「孤島の鬼」を読んだ。たぶん三回目くらいになると思うのだけれど、正確に憶えていない。初読でないことは間違いない。
それなのにこの面白さは何だろう。細かな部分を忘れているという、私のいつものおめでたさはもちろんあるのだが、やはり乱歩の圧倒的な筆力にぐいぐいと引っ張られる。
今回読んだ版は、この間から刊行が始まった光文社文庫版の江戸川乱歩全集』(第四巻)*1である。
この新全集は、これまで流布していた講談社版全集(昭和44年版15巻本・昭和53年版25巻本・江戸川乱歩推理文庫版)が、乱歩自身が最後に校訂をほどこした桃源社版全集のテクストに依拠していたのに対して、それを避け、初刊に近いテクストに拠り綿密な校訂をほどこしたという特色を有している。先行する創元推理文庫版のような“初出主義”でこそないけれども、それと著しい差があるわけではない。
「孤島の鬼」の場合は、昭和6年刊の平凡社版全集を底本にしている。ちなみに初出は昭和4年、初刊は翌昭和5年改造社版である。
乱歩小説の字面的な印象はすっかり忘れてしまっているが、ひらがなの多い平易な文体という一般的印象と引き比べれば、「〜の様な」「丈け」「呉れ」「併し」といった漢字の多さから版面がいささか黒っぽく、また、「アア」「マア」のようなカタカナ書きの感嘆詞からも、何となく時代を感じさせる。
「気がつかなんだ、知らなんだ」といった言い回しは桃源社講談社版系のテクストでは改訂されており、校訂者新保博久さんによれば黒岩涙香調なのだという。読みながら「知らなんだ」というような言い回しに「ハテこんな文体だったっけ」と不思議に思っていたのだが、やはり昔読んだテクストにはなかったのだった。
とはいえこうした表面的相違への注意は、読んでいるうちに吹き飛んでしまう。物語の中盤に置かれるいわゆる「人外境便り」の手記にさしかかると、もう結末まで一気に読まずにはいられなくなるのだ。
おどろおどろしさの反面でお伽噺のような雰囲気が漂うあたりが乱歩の真骨頂で、おどろおどろしさが土俗的因習の暗さに直結する横溝正史の世界とは大きく異なる。
東京に住んでから本作品を読むのは初めてになるだろう。震災直後(元は震災前に設定されていたらしい)の早稲田・巣鴨・池袋・神保町を舞台とする作品地理学も楽しい。