たまにほのぼの気分

中村登と市川崑

「本の街・神保町」文芸映画特集Vol.1 中村登市川崑神保町シアター

「春を待つ人々」(1959年、松竹大船)
監督中村登/脚本柳井隆雄沢村勉佐分利信有馬稲子佐田啓二岡田茉莉子高橋貞二沢村貞子/田村高広/川津祐介/高千穂ひづる/水戸光子/山本豊三/桑野みゆき伊藤雄之助多々良純/小林トシ子/信欣三

最近の好みは、サスペンス風の、筋に牽引力があって息つくひまなく最後まで引っぱってくれるような映画にある。家で観る時間がなかなかとれないが、観るとするならそうした作品を優先するだろう。でも、映画館で観るのなら、たまにはそれとは逆の「ほのぼの家庭劇」を観るのも一興だ。
この「春を待つ人々」はまさにそんな作品。戦後パージを受けた老政治家が、無所属で参院東京地方区選挙にうってでることにより、彼の家庭に起こる波紋を描いた作品。寡黙でいかにも家父長の威厳たっぷりな佐分利信。妻には先立たれているらしく、その後釜にすわるべく料亭おかみの沢村貞子が表面献身的で実は打算的な応援をする。
彼の応援に娘や娘婿たちが駆けつける。神戸で画家をしている佐田啓二(関西弁を話す!)やセクハラオヤジの多々良純。実の娘有馬稲子は、佐分利の書生・秘書である高橋貞二とかつて恋仲だったが、結婚相手として新聞記者の田村高広を選ぶ。田村もバーのホステスと付き合い、結婚前には子供を堕ろさせ、慰謝料を払わなければならないような境遇にあって、この夫婦はしっくりいかない。有馬稲子は、こんな暗さを抱えた役どころが多いなあ。
これに対して、有馬の末弟川津祐介と結婚の約束をしている女の子が岡田茉莉子佐田啓二が蔭で応援していることもあって、立場を隠して選挙事務所でアルバイトを始める。川津と岡田はいずれ結婚したいと考えているのだが、まだ父佐分利に言い出せない。
実は佐分利はそれをうすうす感づいていて、最後には…というドラマが待っているけれど、ともかくこの映画での(いや、この映画でも)岡田茉莉子はキュートで可愛い。有馬稲子は損な役回りだ。
佐分利には昔大阪に芸者の愛人がいて、彼女との間に姉弟二人の隠し子がいる。愛人が水戸光子で、子供が高千穂ひづると山本豊三。山本と同じ工場で働き、付き合っているのが桑野みゆきという豪華顔ぶれ。高千穂ひづるは岡田茉莉子同様前向きキャラの女の子。
選挙期間中佐分利はこの愛人スキャンダルを暴かれ、落選の一因となる。落選すると沢村貞子はころりと態度を変えて佐分利を見離す。このあたりの憎々しさは抜群。落選の戦後処理が一段落したあと佐分利は大阪を訪れ、水戸らに一緒に暮らさないかと、訥々と話すあたり、水戸光子に感情移入してほろりとしてしまう。
ふつうこの程度では感涙をもよおすことはないはずなのに、最近そういう映画を観ていなかったせいか、感度が敏感になっていたようだ。
伊藤雄之助佐田啓二の仕事仲間の画家。信欣三は選挙ゴロのように佐分利出馬を聞いてたかりにくる男。スキャンダルも彼によって暴露される。この二人の名脇役も強い印象を残す。