二人のエロオヤジ

「女の足あと」(1956年、松竹大船)
監督渋谷実/脚本伏見晁田中澄江佐田啓二有馬稲子大木実石浜朗杉村春子淡路恵子/小林トシ子/山形勲/文野朋子/龍岡晋
「心の日月」(1954年、大映東京)
監督木村恵吾・吉村廉/原作菊池寛/脚本木村恵吾・田辺朝二/若尾文子菅原謙二船越英二水戸光子/菅井一郎/村田知英子/高松英郎藤原釜足/三田隆

家族がみんな早く寝入ってしまったのを幸いに、映画を観ることにする。しかも二本続けて。自分も疲れていたけれど、観ずにはいられなかったのだった。
渋谷実監督の「女の足あと」は、男に乱暴された女(有馬稲子)が、相手が持っていた挨拶状の切れ端(名前と住所の部分)を頼りにその家を訪ねたところ、相手はその家の主人の名前を騙って自分と接していたことがわかり愕然とするという出だし。名前を騙られた男が佐田啓二
誰かが自分の名前を騙って女をだましたことに憤った佐田啓二は、相手探しを始めようとする。有馬稲子は信州から東京に出てきて、もう戻れないというので、いったん佐田の家に身を寄せる。佐田の母杉村春子と弟石浜朗は傷心の彼女をやさしく受け入れる。
いっぽう自分の名前を使われた佐田だけはそうはいかない。彼女の傷口に塩を塗るように、無遠慮に彼女に対し相手はどんな男だったのかずけずけと質問し、そのたびに彼女を傷つけ、泣かせてしまう。とうとう杉村から「あなたは女心がわかっていない」と注意される始末。
佐田の名前を騙って有馬をだましたのは誰なのか、このあたりの「謎解き」が主題になる映画なのかと思いきや、意外にあっさり相手が見つかり、後半は通俗メロドラマになってしまうのが残念。後半だれる渋谷作品の特色がここにもあらわれる。
自分をだました男を捜しに上京するという深い翳りを持つ女を演じた有馬稲子がとても美しい。後半はそうでもなくなるのだが、佐田に追及されて泣く泣く過去を思い出すあたりの、悲しみを背負ったマゾ的受動的なあたりの美しさは息を呑む。
有馬の幼なじみで、モデルになるという夢を持って上京するものの、夢果たせず王子にあるおもちゃ工場(ブリキの自動車をつくっている)に住み込みで働いている淡路恵子、その淡路といい仲になっている工場主の龍岡晋がいい。龍岡は、淡路のもとに身を寄せて同じく工場で働き始めた有馬にまで手を出そうとして、おかみさんから雷を落とされる。そのエロオヤジぶりが絶妙。
若尾文子菅原謙二コンビの「心の日月」は、菊池寛原作の、「すれ違い」が原因で起きてしまう男女の悲劇とそのゆくすえを描いた、メロドラマらしいメロドラマ。戦前に田坂具隆監督、入江たか子・島耕二で映画化されているらしいが、「すれ違い」の筋立てといい、ドラマチックな展開といい、「真珠夫人」の菊池寛らしい話である。
この映画も導入部が素晴らしく面白い。岡山で地元の名士である男(高松英郎)との結婚を拒み東京に一人家出をしてきたヒロイン若尾文子(可愛い!)が、うち沈んで夜汽車に乗っていると、同じボックスに座っていたバーのマダム(水戸光子)と女給(杉丘毬子)に声をかけられ、話しているうち若尾は水戸に気に入られる。これが伏線。
東京に着いた若尾は、郷里での幼なじみなのだろうか、菅原謙二に電話をかける。彼は岡山県人が入る学生寮に住んでおり、寮は市ヶ谷にあるらしい。飯田橋まで来て駅前の公衆電話にいる若尾に、迎えにいくから待っているよう伝える。
しかししかし、飯田橋駅は改札口が二つあったのだった! 菅原は牛込見附側(神楽坂側)の西口で待ちつづけ、若尾は飯田橋側の東口で待ちつづける。若尾はともかく、東京に住んでいる菅原まで飯田橋駅に二つ改札口があることを知らないというのは問題だと思うのだが、その点映画では、「のんびり屋の菅原は上京して日も浅いので改札が二つあることなど知らなかったのだった…」というナレーションを入れ、事情を説明する。
改札口が大きく離れた場所に二つある駅で待ち合わせ、それぞれ別のところで待っていたため「すれ違い」が生じるという発端は面白い。ただそのあとやはりこれも通俗メロドラマになってしまうけれど、頼るべき菅原に会えなかった若尾は、夜汽車で懇意になった水戸を頼り、彼女の紹介である企業の社長秘書となり、社長(船越英二)から気に入られるという境遇の大変化がいかにも大時代的なドラマとして楽しめる。
しかも社長に気に入られすぎて、社長夫人(村田知英子)から睨まれ、自分から退職を申し出るよう強要され、泣く泣く辞めてゆき、そのあと三越の店員になってハンカチ売場で働くという流離ぶりも「昼メロ」の元祖的な雰囲気である。
もともと水戸の情人であるダンディな菅井一郎が、水戸のところに身を寄せている若尾文子に目をつけ、料亭に呼びだして彼女を襲おうとするあたりのエロオヤジぶりがいい。
結局今回観た二本は、導入部の面白さと、ヒロインに手を出そうとするエロオヤジの存在*1を楽しんだということになるだろうか。

*1:よく考えると、失礼ながら二人の共通点に「ハゲオヤジ」ということもある。なんともはや。