温泉場の悲劇

映画×温泉 湯けむり日本映画紀行

「愛情」(1956年、日活)
監督堀池清/原作石坂洋次郎/脚本池田一朗/美術中村公彦長門裕之浅丘ルリ子/山根寿子/清水将夫金子信雄/藤代鮎子/坪内美詠子二木てるみ

ある白髪の画家(清水将夫)が東北の片田舎にある駅に降り立ち、そこから山中にある温泉場に向かうバスに乗る。温泉場近くの梅林にイーゼルを立て、絵を描きながら、そこで20年前に自殺した甥のことを思い出す。
ちょうど彼に声をかけたのは、その事件のとき一緒だった女性(坪内美詠子)で、清水が甥が自殺した原因がわからないとつぶやくと、彼女はおもむろにそのときのことを語り出すのであった…。
そんな出だしで、物語は20年前に遡る。坪内の20年前の姿が浅丘ルリ子なのである。セーラー服にお下げ髪の浅丘ルリ子は可愛くて可愛くて、彼女がスクリーンで八重歯が印象的な笑顔を見せるたび、にやついていた。ああいやな中年男である。
一高の受験勉強のため家族を離れ、温泉場に一人やってきている長門裕之と、姉とその子(山根寿子・二木てるみ)、姉の友人(藤代鮎子)らと湯治に来ている浅丘ルリ子に芽生えるほのかな恋心と、それがあるきっかけで長門の自殺を招くまでの悲劇を描く。最初はなかなか近づけず、反撥しながらも惹かれあい、徐々に近づいてゆくという男女の機微が、長門・浅丘コンビによりみずみずしく演じられる。
ここの温泉場は、共同浴場が川床になっている。川の中からしか温泉が沸かないからだという。二人がかなり接近するようになったあと、男湯に長門一人、女湯に山根・浅丘らが入っていたとき、年下の男をからかいたい山根が「そっちに行ってもいいかしら」と壁越しに長門に話しかけ、長門が驚きながらも応じると、山根は浅丘に「あなたも行く?」と誘い、浅丘がちょっと考えて敢然とうなずくあたりのドキドキ感。混浴場面は残念ながら出てこない。
山根の夫金子信雄が突然湯治場にやってきたがあいにく空き部屋がなく、仕方ないので浅丘が長門の部屋で眠ることになったときの男女のドキドキ感も、別に自分にはそんな経験がないのになぜか懐かしい気持ちにさせられる。そのときの浅丘の仕草も可愛いのである。
清純可憐を絵に描いたような浅丘(まだ出演作品は両手に満たない頃)と、色気が芬々たる山根寿子の姉妹が対照的。山根寿子はいかにもという役柄ではまり役なのだった。
長門裕之が学生服で温泉場に来ていることはまあわかるのだが、浅丘までわざわざ湯治にセーラー服を着てやって来る。ふだん宿では和服でいるが、散歩のため着替えると言って出てくると、セーラー服なのである。当時はそんなものなのだろうか。女学生を表す記号として、旅先でも男の学生服同様女も制服で出かけていた? そんなことはないような気がするが。だとすれば、たんに浅丘にセーラー服姿をさせたかったからなのか。
まあどっちでもいい。もし当時の浅丘ルリ子といまの長澤まさみどちらかを選べと言われたら、浅丘を選んでしまいそうである。