短篇の醍醐味

名短篇、ここにあり (ちくま文庫)北村薫宮部みゆき編の短篇小説アンソロジー『名短篇、ここにあり』*1ちくま文庫)を読み終えた。
本書は『小説新潮』2006年11月号(特集「北村薫宮部みゆきが愉しく選んだ歴代12篇 創刊750号記念名作選)がもとになっている。同誌が発売されたとき珍しく購入し、戸板康二さんの短篇「少年探偵」を読んでいる(→2006/10/21条)。本文庫版は、重複はあるものの初出誌未収の短篇があり、また編者両氏による解説対談も、当然ながら新たに行なわれたようだから購入するにしくはない。
初出誌と重複しているのは、井上靖「考える人」、吉行淳之介「あしたの夕刊」、円地文子「鬼」、山口瞳「穴―考える人たち」、半村良「となりの宇宙人」、松本清張「誤訳」、戸板康二「少年探偵」の7篇。
文庫版で新たに収められたのは、黒井千次「冷たい仕事」、小松左京「むかしばなし」、城山三郎「隠し芸の男」、吉村昭「少女架刑」、多岐川恭「網」の5篇。初出では『小説新潮』掲載作品という縛りがあったが、文庫版になってそれから解放されたということになろう。
大好きなお二人の編者解説対談を読みたいのだが、「作品の内容や結末にも触れていますので、最後のお読み下さい」という断り書きがあるのでぐっと我慢し、対談読みたさがモチベーションとなって収録12篇を読み抜いた。
このなかでは戸板・山口両氏の短篇が既読。吉村昭「少女架刑」は、亡くなった少女のまなざしで語られ、彼女の遺体が解剖される様子が克明に捉えられるという名高い短篇で、かねて読みたいと思っていた作品だった。解剖されるときの描写は硬質なエロティシズムをたたえ、息を呑むラストが用意されている。
とくに面白かったのは、黒井千次「冷たい仕事」と吉行淳之介「あしたの夕刊」。これぞ短篇を読む快楽であり、短篇はこうでなければならない。切れ味鋭く唸らせられる。とりわけ「あしたの夕刊」については、解説対談での宮部発言、

確かに、海外のショートSFなんかでは珍しくない素材ですが、それをどういうふうに落とすのかなと思っていると、「あ、この手があったか、ここへ案内するのか」というラストに導かれる。(376頁)
がすべてを物語る。わたしが本作品を読んで感じたのも宮部さんとまったく同じだった。いかにもSFにありそうな、あしたの夕刊が配達され…という話。これをいかにもありそうな筋に持ち込むのかと思いきや、「なるほどそうきたか!」と、読者の予想をある一点でくるりと返す見事さ。黒井作品は発想の妙。
半村良「となりの宇宙人」は、SFがコテコテの半村風人情噺に仕立てられていて笑ってしまった。
多岐川恭「網」は読み終えてもさしたる感興が沸かなかったが、解説対談を読んで、これが趣向を凝らした連作の一話であることを知って、全体を読みたくなった。たしか持っていたはずだ(創元推理文庫)。全体を知ってこそ面白さが生きる短篇で、これをアンソロジーに入れた点、連作へのいざないという編者の意図がはまった。
松本清張「誤訳」は、あまりわたしの好みではない。宮部さんが書き出しの一文を朗読し、それを受け北村さんが「普通この書き出しでアウトですよ」と言ったそのとおりに、作品の人物たちへの感情移入ができないまま、置いてきぼりをくらった。でも二人の評価は高い。
北村・宮部編の短篇アンソロジーは続けて来月も同文庫から出るようだ。今回省かれた初出誌での5篇が復活するのか、それとも、がらりとおもむきの変わったアンソロジーになるのか、楽しみである。