初めての谷口千吉作品

「33号車応答なし」(1955年、東宝
監督・脚本谷口千吉/脚本池田一朗池部良司葉子志村喬中北千枝子平田昭彦/根岸明美/沢村宗之助/上田吉二郎/河内桃子/土屋嘉男/大村千吉/柳谷寛

世田谷文学館から小田急バスに乗り成城学園駅に出る。次の目的地は川崎市市民ミュージアム。旧作日本映画の面白い企画上映が行なわれていることを知っていたが、ようやく訪れることが叶った。
東京の東の端に住むわたしにとって、世田谷や川崎は西側としてまとめてしまうのだが、市民ミュージアムのある武蔵小杉は東急線沿線の町。東部の常磐線・京成線・総武線の関係もそうだが、西部もまた東西の移動は簡単でも、南北の移動が意外に不便である。
かくて、バス同士がすれ違うのがたいへんなほど細くてくねくねした、いかにも世田谷的(?)な道を走る小田急バスに揺られて、小田急成城学園駅に出た。同じ路線バスに乗った記録をたどると、2005年3月の成瀬巳喜男展のとき(→2005/3/19条)らしい。3年前とバス停が異なり、駅が綺麗になっていたのは、プラットホームが地下化されたせいだろうか。
小田急線で登戸まで行き、JR南武線に乗り換え武蔵小杉まで、そこからバスで15分程度乗るとようやく市民ミュージアムに着く。近くに等々力スタジアムがある。そうか、ここにフロンターレやかつてのヴェルディの本拠地の等々力グランドがあるのか。
市民ミュージアムは、「ミュージアム」だから、川崎市の歴史博物館でもあり、美術館でもある。昭和30年代日本人の生活をうかがう道具や電化製品の数々が展示されていたり、写真展、マンガ展なども並行的に開催されていた。
いっぽうの映画は「映像ホール」で開催される。15分前開場だが、その前に並んで待つような混み具合ではなく、そもそも席数が多いので、時間ぎりぎりに入っても十分いい席で観ることができる。客席の傾斜具合とスクリーンの関係は、同じ公的機関であるフィルムセンターを想起させるが、座席の座り心地はあまりいいとは言えない。映像ホールはもとより、館内は飲食禁止。
市川崑監督が亡くなる少し前、同じように90歳を超えた名監督もこの世を去っている。谷口千吉監督である。三船敏郎初主演の「銀嶺の果て」が代表作だろう。一度DVDをレンタルしたことがあるが、観る時間がとれないまま返却してしまった。「赤線基地」など録画した作品もあるものの、谷口作品はまだ一本も観たことがないはずである。
今日(奇しくも谷口特集は今日が初日)の「33号車応答なし」は、去年池袋新文芸坐で開催された池部良特集でも上映されている。観に行きたかったのだが、仕事が入って断念した憶えがある。
文学館で求めた「映画と世田谷」展図録や『東宝監督群像』に出てくる谷口千吉監督のくだり(世田谷区在住)を読みながら、上映開始を待った。
クリスマスイブの日、警視庁の警官をしている池部良は先輩の志村喬とパトカーに乗り夜警勤務についた。妻の司葉子は夫の警察官という危険な仕事に不満があり、転職を勧めるが、それがきっかけで夫婦喧嘩をしてしまう。司葉子は家出ついでに、姉の中北千枝子に誘われるまま、キャバレーのダンスパーティに参加する。
司葉子の顔だちはふっくらして初々しい。後年の「クール・ビューティ」の顔ではない。これまた池部良と夫婦役だった「不滅の熱球」を思い出した(→2007/11/16条)。同じ1955年の作品なので、デビューしたての顔つきだ。
池部・志村が夜警勤務中に遭遇する様々な事件が点景として描かれるなかで、ある殺人事件と関わり、一転後半はサスペンスに富んだアクション活劇になる。平田昭彦がインテリおぼっちゃん風の悪役(観ていて「踊る大捜査線 The movie」を思い出した)を演じてはまり役。
平田は愛人の根岸明美と香港に高飛びするため、池部・志村の乗るパトカー33号を乗っ取り、荒川葛西橋上流の積み出し埠頭に向かわせる。あそこに出てくる葛西橋は本物なのだろうか。最後は池部・平田が鉱石の山のなかで真っ黒になりながら大格闘を繰り広げる。
葛西に向かう途中、平田らを乗せた33号車はクリスマスイブで賑わう通りに入り込む。銀座なのだろうか。だとすれば本作品を、この頃のイブの銀座を描いた(実景ではないにせよ)映画のひとつに加えることができる。
谷口監督のフィルモグラフィを見ると、谷口作品としての本領はたぶん後半のアクションにあると思われるのだが、個人的には前半の群像劇的な、パトカーが遭遇する事件をオムニバス風に描いた部分に興味を持つ(不覚にもウトウトしてしまったが)。その意味で、あるタクシー運転手の一夜を描いた同趣向(?)の作品「吹けよ春風」を観てみたい。
この作品は黒澤明脚本でもあり、『演技者 小林桂樹の全仕事』*1ワイズ出版)で小林さんの出演作品(酔っぱらい役で、エノケンばりのスタントを披露しているという)であることを知り、かねがね観たいと思っているのだが、まだその機会は訪れない。辛抱強く待とう。