嬉しい俳句写真文集

江東歳時記

戦後の一時期砂町に住んだ俳人石田波郷に、同じ砂町にある疝気稲荷を詠んだ句がないものか、『江東歳時記』*1講談社文芸文庫『江東歳時記/清瀬村(抄)』所収)を繙いたのは一、二週間前のことだった。結局目当ての疝気稲荷についての句は見つからなかったが、そのまま興に乗って『江東歳時記』を拾い読みした。
初読のおりにも感想を書いたけれども(2001/5/15条)、本書は東京のなかでも波郷の住んだ江東区を中心とした東部地域(江東区・足立区・墨田区葛飾区・江戸川区)の隅々を歩いて成された俳句文集である。
この地域は東京本数多あれどもなかなか取り上げられることが少なく、これだけ細かくフォローする書物は稀有に属する。足立区在住で、葛飾区も生活圏にある人間にとって、「足立区東加平町」や「葛飾区青戸」といった場所を波郷が訪れ、そこにちなんだ句を詠んだ本を手にする嬉しさは無上のものである。
本書の元版は波郷の句と紀行文に加えて、当地の写真も収められていることであり、波郷の文章中に写真を説明する一節を見つけるにつけ、仕方ないことではあるけれども文庫版に写真が未収録なのは本書の魅力を十分に伝えきれていないことが唯一の難点である。元版も座右にあればなあと淡い希望を抱いたのである。
古本屋でもなかなか出会えないだろうと半ば諦めていたところ、偶然にも今日銀座の古本屋奥村書店(三丁目店)で見つけ、嬉々として購った。古本屋の棚を見て歩く醍醐味はここにある。
ネットで検索すれば簡単に見つかったのかもしれない。でもネットで見つけても、すぐに購入したとはかぎらない。またヒットした画面を見ても、今日古本屋で出会ったときに感じた喜びを上回るとは思えない。不思議なものである。
入手したのは元版の東京美術版ではあるが、初版ではなく、その後に刊行された新装版らしい。講談社文芸文庫の解説には本書の元版の函の書影が掲載されているが、これはカバー装だからである。
東京美術選書」とあるから軽装版として再刊されたのだろう。初版昭和41年(元版の日付)に対して、昭和55年の初版第五刷とあるから、結構なロングセラーだったわけだ。
いかなる装幀にせよ、写真と一緒に波郷の句と紀行文を楽しめる版を手に入れることができたのは幸いで、これもまた座右に置いてときどきめくり返す本になるだろう。

*1:ISBN4061982338