解説がすべて

小林信彦さんの長篇小説『ぼくたちの好きな戦争』*1新潮文庫)を読み終えた。
小林さんの小説はずいぶん昔に読んだことがあるはずだが、何を読んだか忘れてしまった。最近間歇的に押しよせる“小林信彦ブーム”でも読んだのはエッセイ(コラム)ばかり。実質的に初めて読む小林さんの小説と言っても間違いにはあたらない。
本作品は、「ぼくたちの好きな」というタイトル、また帯に書かれている「たのしい戦争、ゆかいな戦争」という宣伝文句ほど反語的ではない。むろんアンチ“自虐史観”でもさらさらない。
ただ、山本夏彦さんが言われているようなアンチ“戦中真っ暗史観”との共通性がたしかに感じられる。プロローグだけを読めば、タイトルどおりのアンチ戦争小説が始まるという予感を生じさせる。
戦中、南方の島で追いつめられた日本軍の一中隊の玉砕突撃前夜のさまが描かれているのだが、辞世の句の詠み合いがいつのまにかギャグ合戦へとズレてゆく。
ただそれ以後、小林さんの生家をモデルにしたとおぼしい下町の和菓子屋一家の姿、家長の弟の徴用、もう一人の弟の出征、戦争体験、下町のいわゆる東京大空襲の経験が抑制された筆致で克明に描き出される。そこには映画や笑芸に対する小林さんの体験が隙間なく埋め込まれ、また、下町に暮らした人々の「気分」も歪曲されずに再現される。
戦中の東京を映し出したという意味で、井上ひさしさんの傑作『東京セブンローズ』と双璧であるという判断を下すことができるだろう。
またこの作品からは、プランを練りに練って作り込み組み立てたような“匠の技”を感じる。いま私の好きな小説家でこのような“匠の技”を感じさせるような作家としては、丸谷才一筒井康隆両氏がほかにいる。
実は本書の面白さについては、ほかにも書きたいことが多くある。でも文庫版巻末の中野翠さんによる解説(「どこまでも楕円形の人」)が意を尽くしたもので、ほとんどこれに付け加えるべき点を見つけることができなかった。
本作品の執筆意図は、エピローグ末尾の次の文章にあると思うのだが、これも中野さんによって指摘ずみだ。

自分が見聞きしたこの戦争を、輝かしい幕開きから、済し崩しの後退にいたるまで、どんなに稚拙な絵でもいいから、自分の手で、丹念に描きとどめておくのだ。(442頁)