洲崎パラダイス縦断

織田一磨展

池袋にある某大学にて開催された某学会に出席し、聴きたかった報告がすんで休み時間に入るとすぐ有楽町線に乗って豊洲まで出た。目指すは、ららぽーと豊洲にある平木浮世絵美術館である。都市風景を描いた版画家として知られる織田一磨の代表作「東京風景」20点、「大阪風景」20点、計40点にくわえ、「画集銀座」の6点が展示されているという魅惑の展覧会。
これまでも何度か織田作品を観る機会はあった。たとえばいまから8年前に竹橋の近代美術館の所蔵作品展で観たときの感想(→2003/11/2条)。

織田の作品は版画の特集展示で、上記『東京風景』『画集銀座』から20点ほどが選ばれ、展示されていた。展示の空間に入るやいなや、作品から漂う濃厚なオーラを感じ、作品をじっくり鑑賞しているうち、立ち去りがたい気持ちになりしばしその前にたたずんだ。とくに惹かれたのは「目白阪下」「木場雪景」「神楽阪」といった夜景を描いた作品で、東京にもかつてこんな夜があったのだと驚くほどの静謐感に満ちている。
8年前のわたしはいいことを書いているではないか。今回もまた、たしかに上に掲げている3点に惹かれた。そのうえ、これは夜景ではないが、「本郷龍岡町」という一枚に見とれてしまう。これは無縁坂なのだろうか。ゆるやかな上り坂の右側に、大名屋敷(場所柄加賀前田家なのだろう)の塀がわりになっている海鼠壁の長屋がつづいている。こんな風景が大正初年の本郷にあったとは。無縁坂だとすれば、かの「雁」における無縁坂の情景とはまた違った風趣がある。
図録がないのは仕方ないにしても、織田作品の絵はがきが一点もなかったのはたいへん残念だった。もし全点絵はがきになっていたら、すべて買っていただろうに。
帰りは、あらかじめ調べていたとおり、都営バスに乗って錦糸町へいく。晴海埠頭発錦糸町駅着の「錦13」という系統のバスである。腰かけてからスマートフォンGPSをオンにし、グーグルマップで現在地を確認しながら、深川の水辺の夜景を見ていたら、この路線が何と「洲崎パラダイス」(洲崎遊郭)の中央を縦断する道路(平安京でいえば朱雀大路)を走ることに気づいた。
つい数十分前に、このあたりを描いた織田一磨の「洲崎の景」を観たばかりであり(海野弘『東京風景史の人々』*1に図版掲載)、そして洲崎を訪れるのもしばらくぶり(10年ぶり?)なので、気分が高揚してしまった。いい絵を観たあと、散歩ではないものの、東京町歩きの喜びが少しよみがえった気分になる。このところ町歩きはすっかりご無沙汰しているが、吉田篤弘さんの『木挽町月光夜咄』*2の影響で歩こうかという気持ちになったうえに、今日の不意打ちのような洲崎体験。ちょっと歩きに出てみようか、そんなモードになりつつある。