追悼井上ひさしさん

井上ひさしさんの文庫本

井上ひさしさんの訃報を知り、がっくり肩を落とした。わが郷里山形の誇る作家として、丸谷才一さんとならび敬意を抱いてきた人だけに、残念きわまりない。もっともこの二人、井上さんは置賜、丸谷さんは庄内なので、山形市出身のわたしから見ればたんなる同県人にすぎないのだが。それでもこのお二人と同県人であることに胸を張りたいのである。
それで思い出したのは、小学館日本国語大辞典』第二版の刊行を記念して催された講演会である。講師は丸谷・井上という理想的な組み合わせだった。このときの感想は以前「二人の山形県人作家」というタイトルで書いた*1
去年だったか一昨年のこと、何かの用事で東京駅丸ノ内口前(赤煉瓦駅舎側)を通りかかったところ、ちょうど駅から出てきた井上さんがタクシー乗り場でタクシーに乗っていったのを目撃したこともある。こういう出会いが、わけもなく嬉しかった。
訃報を聞いて頭に浮かんだ井上作品は、『國語元年』であり『東京セブンローズ』であった。わたしはそれほど熱心に井上作品を読んできたわけではない。死去を伝えるテレビニュースで代表作として挙げられた『吉里吉里人』も読んでいないほどだ。
ただそれにしても『國語元年』と『東京セブンローズ』は鮮烈な印象を残す作品だった。それぞれ読後に熱い感想を書いていることはいうまでもない*2
ちょうど文庫本の箱詰め作業をしていて、それら井上作品が出てきた。追悼の意をこめて、『國語元年』のテレビ上演脚本版(中公文庫)を読み返す。明治維新直後、全国統治の必要上、各地域まったくバラバラな方言をやめ、全国共通話し言葉をつくりあげようという絶妙な着眼、そして鹿児島・長州、江戸山の手・下町、名古屋、東北(山形・弘前会津・遠野)といったそれぞれ特徴的な方言を話す登場人物の配置にあらためて感じ入る。
2006年のゴールデンウィーク直前、『大アンケートによる日本映画ベスト150』*3文春文庫ビジュアル版)掲載の井上さんによる「たったひとりで、ベスト100選出に挑戦する!」を楽しく読んで、日本映画を観ることに対する大きな刺激を受けた。
そのときわたしは、前記旧読前読後に言及しながら、「数年前のゴールデンウィークに井上さんの傑作『東京セブンローズ』(文春文庫)を興奮しながら読んだ甘美な記憶がよみがえってきた。『東京セブンローズ』再読というのも、ありかもしれない」と書いた*4。結局このときは再読できなかったと思う。
今回読み返すことになったのは『國語元年』だが、『東京セブンローズ』もぱらぱらめくって、ひどく再読ごころをくすぐられた。『東京セブンローズ』は日記体だから拾い読みに適していると思いきや、実はそうではない。れっきとした長篇小説で、読み通さなければ作者の意図した面白味はわからないものである。そしてあれだけの長い本を読むためには、ゴールデンウィークのように時間的余裕がたっぷりあるこそうってつけだ。
でも、それよりまず『吉里吉里人』を読むべきか。