南方熊楠と中沢新一

南方熊楠の本

新聞の新刊広告に、『高山寺蔵 南方熊楠書翰 土宜法龍宛1893-1922』(藤原書店)という本を見つけて、しばらくぶりに南方熊楠の世界に触れた思いがした。
広告には、「新発見の最重要書翰群、ついに公刊!」「2004年に、栂尾山高山寺で発見された書翰全43通を完全翻刻とある。土宜法龍に宛てられた熊楠の手紙がまだそんなにあって、しかも最近発見されたなんて、まったく知らなかった。その後書籍部で現物を手に取り、買うかどうかしばし迷った挙げ句、いまのところ購入には至っていない。なにせ9240円と高価なのだ。
南方熊楠という民俗学者に興味を持ったのは、澁澤龍彦経由だろう。どのエッセイか忘れてしまったが、澁澤は、人文書はすべからく索引を備えるべきと主張し、索引の利用法をしめしている。『南方熊楠全集』を引き合いに出して、読んでいるときに気になった言葉が索引語として採られていない場合、自ら索引ページにその言葉と頁数を書き込むのだという。その後真似事をして索引に書き込みをおこなったことはいうまでもない。
だから『南方熊楠全集』はあこがれだったけれど、結局買うことができなかった。同じ版元(平凡社)から出ている『南方熊楠選集』全8巻で我慢したのである。箱詰作業を進めても出てこないので、すでに処分したのかと思っていたが、今日書棚の奥まったところにきちんと並んでいるそれらと再会して嬉しかった。隣に並んでいた筑摩書房の『柳田國男全集』端本(全冊購入しようとして挫折したらしい)は、文庫本もあることだし(なぜ買うときにその判断をしなかったのか)処分しようと思うが、『南方熊楠選集』のほうは手もとにとどめておこう。
さて熊楠の土宜法龍宛書翰といえば、中沢新一さんの責任編集にかかる河出文庫南方熊楠コレクション第1巻『南方マンダラ』*1を思い出す。わたしが本格的に熊楠の文章に親しんだのは、このシリーズによってである。全5巻、すべて書翰から構成され、各巻巻頭に解題というより独立した論文のような編者による解題が付されている。
このコレクションを刊行したころ(91年)の河出文庫は充実していたなあと懐かしさがこみあげる。わたしはまだ24歳。若かった。このころ中沢新一さんにかぶれていた。独特の息づかいによるやわらかで強靱な文体に酔った。ある一文をしめくくる述語の前で読点を打って小休止する間合いは、いまもわたしの書くものに影響を、あたえている(こんな感じ)。
たまたま、これら南方熊楠コレクション解題を中心にまとめられた中沢さんの本『森のバロック*2せりか書房)も見つかった。少し落ち着いたら、熊楠の土宜法龍宛書翰と中沢さんの熊楠論を読み返して、新発見書翰の世界へ向かうかどうか、考えてみよう。