4月読了本総浚い

今月は諸事あって、読んだ本のことについてゆっくり考え、文章にする余裕をもつことができなかった。ここだけ見れば映画ばかり観ていたようなおもむきがあるが、減りこそすれ、いちおう本も買っているし、読んでもいる。でも詳しく感想は書けない。しばらくこんな状態が続きそうだ。
ここに書いておかないと読んだことすら忘れそうなので、簡単な感想を付しながら、今月読んだ本を列挙しておきたい。新しいほうから。
それはまた別の話和田誠三谷幸喜『それはまた別の話』文藝春秋)。池袋新文芸坐での和田誠セレクション映画特集で三谷さんとの対談があったとき、文春文庫版を購ったのだが、ブックオフに単行本が売られていたのでつい買ってしまった。よく知られる新旧洋画12本を選び、細かいところまで突っ込みを入れながら話し合うマニアック・トーク。そこから二人の映画に対する愛情がにじみ出る。映画はやはり脚本が大事。本書で述べられた和田さんの該博な知識を知るにつけ、あのときの特集で和田さんが選んだ日本映画をもっと観ておくのだったと悔やむが遅い。そんな映画好きの和田さんや三谷さんの作る映画は今後も要注目である。
日本人の顔 (光文社知恵の森文庫)山折哲雄『日本人の顔―図像から文化を読む』(知恵の森文庫)。鎌倉時代が生んだ大宗教者である親鸞道元の肖像を比較した第四章が意表をついて面白い。宗教者の顔だちは肖像画でどのように表現されるのか。第三章で論じられている能面でも、それぞれに固有の意味合いが込められていることを知る。
向田邦子と昭和の東京 (新潮新書)川本三郎向田邦子と昭和の東京』新潮新書)。川本さんが追いかける「昭和」と「東京」という二つのテーマが、向田邦子作品で焦点を結んだ。『父の詫び状』を初めて読んだ時の衝撃は忘れがたい。もう一度読みたくさせられる。久世光彦演出による向田作品ドラマも観たくなる。
暮しの眼鏡 (中公文庫)花森安治『暮しの眼鏡』(中公文庫)。変幻自在な語り口、とくにくだけた講談調の文体がすこぶる軽快。ただ語られている内容は少し古びてしまっているのではと感じる。
葬送曲 (光文社文庫)佐野洋『葬送曲』光文社文庫)。相変わらず洗練された佐野さんの連作短篇集。「死」をテーマにした連作だが、葬儀のさい宗教色を極力排除し、親しい人たちが故人の好きだった歌を歌って送るという風景がいくつかの短篇に見られ、印象深かった。葬儀というものは死んだ人間のためではなく、遺族のためにあるものだとよく言われる。わたしの考えとしては、遺族を煩わせるだけなので葬儀不要論者なのだが、逆に遺族のためであるからこそ葬儀を行なうべきであるという考え方が披露された短篇があり、ハッとさせられた。とくに「特効薬」が秀逸。
駅前旅館 (新潮文庫)井伏鱒二『駅前旅館』新潮文庫)。駅前で旅館の番頭さんたちが客を待ちかまえ、客引きをするという風景はもはや過去のもの。そうした風俗を楽しむもの一興。宿泊はいまやネット予約があたりまえになったが、そうでない時代、かなりの規模の団体客ですら、予約すらせずまず駅に着いてから宿屋を探すという方法が一般的だったらしいことに驚く。宿屋がいっぱいだったら、その団体客はどうしたのかしらん。
大正昭和娯楽文化小史 ぼくの特急二十世紀 (文春新書)双葉十三郎『ぼくの特急二十世紀―大正昭和娯楽文化小史』(文春新書)。97歳になる映画評論家の回想録。大正の東京山の手、引越しにあたり「方違え」の風習がまだ残っていたということを知りびっくり。洋画ファンとミステリー・ファンとジャズ・ファンは共通していたという指摘。川本三郎さんは、鉄道ファンとミステリー・ファンは共通すると指摘していたっけ。映画ファンとミステリー・ファンが共通するその理由にすこぶる納得した。しからばわたしは映画ファンになるべくしてなったというべきか。
歌仙の愉しみ (岩波新書)大岡信岡野弘彦丸谷才一『歌仙の愉しみ』岩波新書)。お三方が巻く歌仙が単行本というかたちでなく、手軽な新書で読めるのがありがたい。いくつか彼らの歌仙を読んできたが、少しずつ連句の味わい、連句におけるイマジネーションのつながりかたがわかるようになってきた。わかるようになると、読むのがますます愉しくなってくる。『太平記高師直の故事にならい、明治の頃でも、家移りするとき、夜逃げなどであっても、空き家の床の間に一軸を掛けて立ち去るのが古風なたしなみだったと丸谷さんは指摘し、そのうえで句を詠む。風雅なり。ここで一句。一軸も床の間もなき我が家かな。
「懐かしの昭和」を食べ歩く (PHP新書)森まゆみ『「懐かしの昭和」を食べ歩く』PHP新書)。姉妹編の前著『明治・大正を食べ歩く』からすでにそうだが、たんなる食べ歩き、グルメガイドになっていないところが腕の見せ所。聞き上手森さんの本領発揮の本。とくにこの本では、取り上げられている店についての個人的回想も混ざるなど、自分史的意味合いもあって森さんのファンにはたまらない。