艶消しの絵肌の魅力

岡鹿之助展

ブリヂストン美術館を訪れたのは初めてのこと。休日だと混雑するのがいやなので、ゴールデンウィークでもあえて平日の夜、仕事帰りを選んだ。20時まで開いてくれるのが嬉しい。そして美術館はとても落ち着いており、好ましい。
さて岡鹿之助といえば、朧に霞んだような風景画、西洋のお菓子の家のような建物のイメージが頭に浮かんでくる。あのような絵はいったいどんなふうに描かれているのだろう、そんな興味を持って、絵に眼を近づけたり離れたり、一点一点静かな美術館のなかで鑑賞した。
すると、あの朧に霞んだ筆致は、キャンバスの目の凹凸を活かしたものだったことがわかった。織り目の凸部にこすったように絵の具をのせているのか、あるいは逆に塗った絵の具を削って凸部だけ下の地色が見えるようにしたのか、いずれにしてもそれによってあの独特の霞んだような、艶消しの絵ができあがる。
こうしたキャンバスの織り目を活かした描法は、徹底したマティエールの研究の結果であり、フランスのトレガステルという英仏海峡に臨む村に滞在中生み出されたことから、画家自身「トレガステル技法」と呼んでいたという。
岡鹿之助は特定のモティーフにこだわりつづけ、執拗に似た画題の絵を描いた。この展覧会では、それら代表的なモティーフごとに部屋を区切り、絵を並べている。「海」「掘割」「献花」「雪」「燈台」「発電所」「群落と廃墟」「城館と礼拝堂」「融合」である。とりわけ雪や燈台、発電所といった画題の絵に印象深いものが多い。あれほど発電所を繰り返し描いた画家も珍しいのではあるまいか。
雪については、代表作と呼ぶべき作品が多く含まれる。そのうちのひとつと言ってよい「積雪」(1935年、財団法人ひろしま美術館蔵)の図録解説に、岡の解説が引用されている。それによれば、「雪の景色を描くつもりではなかった。自分で拵えたキャンバスが、この時は大変に面白くできたので、その白い、少しザラザラした艶消しの面をできるだけ生かしたいものだと思った。雪の構図はそれから考えついた」とある。
また、雪を描くさいの白い油絵の具について、「雪」の章の扉解説で、油彩絵具の油分を抜いたともある。むろんどの画家も同じなのだろうが、とりわけ岡にとってキャンバスとマティエールは大切な条件だったに違いない。
わたしが岡の絵の魅力だと感じていた艶消し感が、画家自身にも重要なテーマであり、またその秘密が実際の絵を観ることでわかったことは、今回展覧会に足を運んでの大きな収穫であった。
それにしても岡の絵を目の前にすると、不思議に心が落ち着く。会期は7月までとたっぷり時間がとってある。もう一度くらい、観に行きたいものだ。