第81 「菊坂文庫」という古本屋

給料も入って懐が少し暖かくなったので、今日は朝起きたときから、そういうときにときどき食べに行く菊坂の洋食屋(ここについては、平成日和下駄第77でも書いた。→2005/9/30条)に行くことを決めていた。ランチメニューは何だろうとワクワクしながら店の前に立つと、店頭のボードに「とんかつ」(800円)の文字が。今日はこれに決めた。
店内のテレビでは、NHK朝の連続ドラマ「純情きらり」の再放送が流れている。朝の連続ドラマは最近まったく観ておらず、このように昼に入った店で偶然出くわすことでしか観る機会がない。主演の宮崎あおい(かわいい!)や、今日が初登場らしい劇団ひとりの飄々とした芝居をぼんやり観ながら、とんかつを頬ばる。
サクサクとした衣につつまれた柔らかいお肉のとんかつに舌鼓を打ち、満足して店を出た。坂道をそのまま上ってゆけば職場に戻るわけだけれど、美味しい昼ご飯を食べたという満足感に加え、とんかつという多少重い食事をとったこともあるしと言い訳を添えて、腹ごなしのため菊坂をそのまま下ってゆっくり散歩しながら職場に戻ることにした。
本郷通りの喧噪から離れて、菊坂は人通りも少なく、ひっそりとした雰囲気の大好きな坂道である。それに美味しい食べ物は人の心に余裕を持たせるらしい。ふだんよりたっぷり時間をかけて、菊坂の両側に軒を連ねる家々や、菊坂から上や下に入ってゆく横丁の風情を目で楽しみながら坂道を下っていった。
すると左側の建物に書かれた「菊坂文庫」という文字が目に入った。この坂道沿いには、新刊書店も古本屋もなかったはず。かつては菊坂にも古本屋はあったらしいが、わたしが菊坂贔屓になってからは、目にしたことがない。だから新しい本屋さんなのか、あるいは貸本屋であるのか。
興味津々に近づき、入り口のガラス引き戸を引いてみたら、残念ながら鍵がかかっていて閉まっていた。店頭に貼られたビラを見ると、この店は文京区にゆかりの作家の本を取り扱う古本屋らしい。なかなかオツなコンセプトである。ガラス戸越しに店内を覗いてみると、そう広くはないものの、両側の棚に本が整然と並べられ、いかにも「何かありそうな」雰囲気に満ちている。いずれまた再訪を期そうではないか。
その後「菊坂文庫」でネット検索をかけてみると、「貸本喫茶 ちょうちょぼっこ日誌」の2005年9月20日の条にこの店を見つけたという文章がヒットした。そこでも「わりと最近できたのではないか」と推測されている。何と、もう半年以上も前からこの店は存在していたのか。この間菊坂は何度か歩いているはずだが、まったく気づかなかったとは迂闊にもほどがある。菊坂贔屓失格と言わざるをえない。
ところで「菊坂文庫」はちょうちょぼっこさんが訪れたときにも閉まっていたという。シャッターが降りていたわけではないし、店内を覗いたときには、たまたま店主不在中という雰囲気に見て取ることができたから、やはりともども運が悪かったのだろう。幸いわたしの場合いつでも訪れることができる環境にある。まめに通ってみて、早くこの古本屋の存在を書友の皆さんにお知らせすることができればと思う。
実は昼飯を食べる前に本郷三丁目の大学堂書店に立ち寄って、ダブりながらなぜかホクホクと嬉しくなるような文庫本二冊を手に入れていたことも、今日のささやかな喜び体験に一役買っているのかもしれない。

赤瀬川隼『白球残映』(文春文庫)
カバー・帯、100円。以前購入したときは、帯無し200円だった。ISBN:4167351080
山口瞳『わが町』(角川文庫)
カバー、100円。自らが住む国立を舞台にした連作短編集。記録を見ると4年前に読んでいるはずだが、まったく憶えがないなあ。