「生々流転」で得した話

仕事で国立公文書館に行く用事があったので、いつものように帰りに隣の国立近代美術館に立ち寄った。特別展は開催されていないが、常設展(所蔵作品展)は前回観たとき(谷中安規石内都特集があった。→7/29条)から展示替えされている。
今回の常設展の目玉は、重要文化財である横山大観の「生々流転」。「年に一度の特別公開」だという。40メートルに及ぶ長大な絹本墨色の絵巻である。40メートル一度に広げることができないため、11月13日まで前半部分、同15日から12月18日まで後半部分が公開される。
チケット売場で入場券を買い求めたとき、今日の入場券と一緒に、「生々流転」の後半部分が展示される期間に入場できる無料入場券ももらった。つまり一度で二度おいしい。得した気分だ。行かねばならない。
美術作品が重要文化財であるということにしっくりいかないのだが、そんなことを気にするまでもなく、「生々流転」はなかなか迫力のある雄大かつ繊細な作品だった。
その他気になったのは、鏑木清方「明治風俗十二ヶ月」九月〜十二月、川崎小虎「童謡」、野田英夫「帰路」。この季節にぴったりの清方の掛幅は、目に入った瞬間清方作品のオーラがぷんぷんと漂い、惹き寄せられる。芝居小屋の枡席を描いた十一月もいいが、夜雪が降り積もるなか人力車から降りた婦人を描いた十二月もいい。川崎小虎「童謡」は中国の街並みを描いた大きな作品で、和紙に彩色して水を含んだときに生じる皺なのか、なにか凸凹状の平面の上で描いたためか、塀や壁のざらざらした質感が立体的に伝わって面白い。
特集は岸田劉生。劉生は近代画家のなかでも自画像を多く描いた画家らしく、それら自画像のうち数点、また「麗子肖像(麗子五歳之像)」や同館所蔵の写真、日記も展示されている。個人的には、リアリズムな麗子像より、一般的なユーモア漂う麗子像に近しい「村嬢於松之坐像」「童児肖像」が好き。
また版画コーナー「近代の木版画−創作版画を中心に−」では藤牧義夫「赤陽」に出会い、「おっ」と嬉しかった。洲之内徹『さらば気まぐれ美術館』*1(新潮社、→9/13条)の最後から二つ目の一篇「夏も逝く」のなかで、複数のヴァリアントがあることが報告されている問題の版画だ。帰宅後『さらば気まぐれ美術館』を読み返すと、まさに先ほど観たばかりの同館所蔵「赤陽」が掲載されている。
特集展示や清方、藤牧義夫に気をとられてぼーっとしてしまったせいか、展示されていたはずの靉光作品や松本竣介作品などを見逃してしまった。会場を出るとき、何か物足りないと思ったのだ。でも今回はさいわいなことに「生々流転」のおかげでもう一度観る機会がある。次回は見逃さないようにしよう。