ほてからにほてからに

聞書アラカン一代

竹中労さんの鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代』*1(徳間文庫)を読み終えた。
本書を読んだ直接の動機は、またもや川本三郎『時代劇ここにあり』*2平凡社)発売によってきざした時代劇への関心に違いないが、それ以前に根雪のなかで「冷凍保存」されていた漬け物のように積ん読の山から掘り出し、すぐわかる場所に置きなおしていたことも大きい。そのきっかけは、またもやまたもや谷沢永一向井敏『読書巷談 縦横無尽』*3講談社文庫、→9/5条)だった。
同書「自伝の魅力」の章のなかで本書(白川書院の元版)がまっさきに取り上げられ、谷沢さんによって強力に推奨されている。

編纂したのは竹中労ですが、竹中労の仕事として尊敬してもいいものではないか。確かに嵐寛寿郎という人の生き方、生きる方針は実に男っぽいんだけれども、それをわれわれ読者が堪能できるように、この聞き書きを本人の体質がにじみ出るような表現でまとめ、編纂した竹中労の仕事は大変なものです。アラカンを一人で放っておけばこんな本は絶対にできないはずなので、竹中労という大変な知己を得たアラカンに対して羨望の念を禁じ得ないというような感じがするわけです。(139頁)
ラカンさんは1980年に亡くなっている。わたしも何となく記憶にある。かつての時代劇の名優、老いてなお色気を失わずというイメージだった。誰かが好んで物真似をしていたように憶えていたので調べてみたら、どうやら「笑点」での林家木久蔵師匠によるものらしい。木久蔵といえば師林家彦六(九代目正蔵)の物真似もなお強烈な印象に残っている(あとで「笑点」で実際本人が出ていたのを見て笑えた)から、木久蔵師匠の物真似は当時の小学生に対して絶大な影響力を与えた面白いものだったことがわかる。
話が横道にそれた。さて本書『聞書アラカン一代』は、谷沢さんの言うとおり、アラカンの語り口をいかした絶妙な読み物だった。もとより本書が成立した背景には、いわゆる正統の映画史のなかで黙殺されてきた嵐寛寿郎という時代劇役者と彼が出演した映画の数々を、映画史のなかに正当に位置づけたいという竹中さんの意図がある。
それだけでない。この本は、『日本映画縦断』*4というメインの仕事から生じた分流であって、背後には、大資本の映画会社に呑みこまれ、その栄枯盛衰が歴史の彼方に消え去りつつあった、戦前における群小映画会社の歴史を浮かび上がらせたいという雄大な構想がある。
その伝で、戦後においてアラカンが多く主演映画を作ることになった新東宝という会社の歴史も、埋もれつつあるところから引き出したいという意図もあったらしい。本書ではもっぱら戦前部分の掘り起こしに終始したため、新東宝とアラカンの関わりについてはわずかしか触れられていないが、それだけでも、新東宝という会社の天衣無縫さ(いい加減さ)がわかって面白い。こういう会社だから、「怪作」と呼ばれるような作品が多く生み出されたのか。
名字からわかるように、アラカン関西歌舞伎の名門嵐家(葉村屋)出身で、しかし歌舞伎界の陋習から出世をあきらめ、映画界に身を投じる。
当時、映画俳優は河原乞食のもう一つ下やった。「板から泥におりるとは、どういう了見や」と、叔父(嵐徳三郎―引用者注)はいきなりワテの横面を張りました。(37頁)
ラカンという人は、批評家に好まれるのではなく、大衆に受けるものこそ、娯楽としての活動写真の本質だという信念から、徹底してエンタテインメント道に徹する。大衆の好みの変化や批評家による批評などを実に細かくチェックしており、また自作についてもかなり鮮明な記憶を持ち、作品の出来の良し悪しや当時の社会のなかでの受け入れられ方、自分の出演映画のなかでの位置づけなどについて、鋭い認識があることを知って驚いた。言わずもがなのことだが、まさしくプロなのである。
そして竹中さんによりまとめられた聞き書きの語り口の妙。忘れられないのは文章中に何度も登場する「ほてからに」という関西弁の接続詞である。たとえば最後の「総括A かえりみれば半世紀」でどんな使われ方をしているかを抜き出してみる。
「へえ、観にいったんダ映画館に。ほてからにがっかり、お客六、七人よりいてまへんのや。」(312頁)
「日本占領されて時代劇が禁止になる、ほてからまた復活する。」(317頁)
「筋立てに工夫をする、剣劇のなり立ちはそこや。こらえに耐えます、ほてからに爆発する。」(318頁)
「配当一番大きいやつ、これをまず千円買う。ほてからに背番号、本命に用なし。」(321頁)
「ほてからに」はアラカンの口癖だったらしい。アラカンの付き人として苦楽をともにした嵐寿之助(青山正雄)さんへの聞き書きにはこんな一節がある。
あっというまに大世帯ですわ。大将の口癖やないけどほてからにほてからに、火の車がついてまわりよる(笑)。(259頁、太字は原文傍点)
わたしは関西弁の語感を解しえないのだが、「ほてからに」とは「そんでもって」というようなニュアンスでいいのだろうか。ただそうだとしても、上に引用したアラカンの語りを見るかぎり、順接、逆接両様で、そのうえあまり重い語感のない間投詞のような軽いつなぎ的な使われ方もあるようだ。
これを読んでいる最中、心のなかで「ほてからに」をつぶやくようになった自分がいた。「ああしんど。ほてからに明日も仕事や」…。なぜか心のなかでつぶやかれた愚痴が関西弁になっている。
読んでいて吹き出しそうになったのは「明治天皇と日露大戦争」で明治天皇を演じたときのエピソード。
映画が終ったら、ただの役者やとこっちゃ割りきっとる。ところが世間はそう見てくれまへんのや、アラカン天皇や。小学生まで明治天皇の写真を見て、アラカンだと言いよる。(…)毛色の変ったファン・レターがきよるんです。天皇崇拝のお方からダ。墨痕あざやかゆうやっちゃ、達筆すぎて何書いてあるのやら読めしまへん。「貴方様が生活の為とは言え、下らぬ剣戟映画等に出演をして居られまするのは、まことに遺憾千万の事に御座候」などとゆうてくる。(267頁)
本書読後いまいちど『読書巷談 縦横無尽』を読み返してみたら、この部分を向井さんが引用し、アラカンの「フランクなものの見方」が付け焼き刃でなく本質的に備わっているものであったことを指摘していた。この部分で笑ったのは、向井さんの引用が残像としてあったからかもしれない。もっとも、たんに笑える挿話だけではないのだ。

*1:ISBN:4195979749ちくま文庫版→ISBN:4480026398

*2:ISBN:4582832695

*3:ISBN:4061834002

*4:本書が執筆された時点で『キネマ旬報』誌連載中で、のち同じ版元の白川書院から刊行されたらしい。