戦後の劇評家戸板康二の出発点

歌舞伎の話

ずいぶん以前にふじたさん(id:foujita)から、戸板康二『歌舞伎の話』(角川新書)を頂戴していながら、読む機会を逸したまま、同書が講談社学術文庫に入ることを知った。結局同文庫版*1で読んだ。
いまは亡きシリーズとはいっても、新書というスタイル、おまけに「ですます体」で書かれていることもあり、ごくごく軽いスタンスで読める歌舞伎鑑賞の入門書という心づもりで読み始めたところ、意外に(良い意味で)骨があって、たんなる入門書にとどまらない硬質な本であったのでびっくりした。
これまで何度も触れているが、「かわいそうな戸板康二」というキャッチフレーズがある。山本夏彦さんによるものだ(2003/10/5条参照)。芝居の台詞が常識として庶民の日常会話のなかに登場しなくなった現代、それらを一から説明しなければならない世の中に生きざるを得ない劇評家戸板康二に対して贈られた言葉である。
「一から説明しなければならない」結果のひとつがこの『歌舞伎の話』であったとすれば(同書は1950年刊)、まだまだこの時代は恵まれていたと言わざるをえない。いまのわたしたちから見ればきわめて高度な入門書であり、入門書を目指して書かれたがゆえに、簡潔に歌舞伎という芸能の核心をついた本に仕上がっているからである。
それもそのはず、「はじめに」で戸板さんは、本書の読者として、「歌舞伎に対する知識を殆どもっていないインテリゲンチャ」「ある程度歌舞伎を知っていて、何か反撥が感じられてならないという青年」「歌舞伎を愛好するファン」という三つの層を想定している。厳しく言えば、ここで読者の峻別がなされているのである。
このように大上段から歌舞伎の鑑賞方法を歴史をさかのぼって述べようとしても、ついてきてくれる読者がいる。1950年頃は、まだそんな時代だったのではなかろうか。
本書の各章(第○話と名づけられる)は、「その○○」というタイトルで統一されている。これと同じやりかたの本に、『久保田万太郎』(文春文庫)がある。また、『ことば・しぐさ・心もち』(TBSブリタニカ)では、「〜の挨拶」「〜のマナー」「〜の動作」というスタイルで三つの章が統一されており、いったいこの戸板さんの様式美とも言えるダンディズムは何に由来しているのか、今度ふじたさんにゆっくりおうかがいしてみなければならない。
ついでに、初期のミステリも「車引殺人事件」「立女形失踪事件」「團十郎切腹事件」「尊像紛失事件」「奈落殺人事件」というように、「〜事件」という統一が見られるということを付け加えておきたい。
本書のなかで、終戦直後に惨殺された十二代目仁左衛門について触れられたくだりがある(「第一話 その批評」)。歌舞伎は明治・大正のそれとは違うものであって、すっかり近代化している。昭和の時代らしく新しく整理されなければならないという叙述の流れで、以下のように述べられる。

戦争の終った翌年の春、十二代目仁左衛門の一家が食物のうらみから殺されたという事件は、歌舞伎の歴史の中で、強く一線を画する事柄だと思います(初代団十郎が殺されたのとは、まるで事情がちがいます)。あれは、歌舞伎というものが、社会の最も現実的な過酷な面をつきつけられたことでした。(27-28頁)
この部分を読み、戸板さんの短篇「殺された仁左衛門」(講談社團蔵入水』所収、1963年発表)を思い出さないわけにはいかなかった。さっそく読み返してみると、この短篇のなかで戸板さんは、仁左衛門を殺したのは敗戦(戦争)であったと断じている。
それまでは「しばい」と呼ばれる浮世ばなれした気分のなかで演じられてきた歌舞伎の世界は、敗戦直後の仁左衛門惨殺事件において、現実社会と接触せざるをえないという事実を突きつけられた。これからは現実社会と常に接触しながら生きのびなければならないという重い課題が与えられた。若き劇評家戸板康二はそんな現実を鋭く見抜いたのである。彼が戦後の歌舞伎劇評を牽引してゆくに至った力は、こうした問題意識をうちに抱えるということなしにはありえなかったのかもしれない。