中原早苗という女優

「くの一忍法」(1964年、東映京都)
監督・脚本中島貞夫/原作山田風太郎/脚本倉本聰野川由美子中原早苗/三島ゆり子/芳村真理大木実待田京介小沢昭一曾我廼家明蝶木暮実千代山城新伍
「怪談片目の男」(1965年、東映東京)
監督小林恒夫/脚本高岩肇宮川一郎西村晃中原早苗/北条きく子/川津祐介三島雅夫/神田隆

しばらく映画館からも遠ざかってしまった。いったん気持ちが離れると、立て直すのに時間がかかる。観たい映画・企画があっても、以前なら気軽に仕事帰り観に行っていたのに、壁を乗り越えるのが億劫になるように腰が重くなる。
新文芸坐に足を運ぶのも、去年9月に「にごりえ」「夜の鼓」の今井正作品を観に行って以来(→2008/9/10条)、実に約一年ぶり。こうなると、またむかしのように暗所恐怖、閉所恐怖的な息苦しさを味わうようになり、せっかく克服しかけたのに、とうんざり。
しかも今回観たのは「怪談片目の男」という西村晃主演のカルトスリラーだから、なおさら息苦しくなる。「怪談片目の男」は夏にシネマヴェーラ渋谷でも上映され、観に行きそびれたもの。こんなに早く観ることができるのだから、東京という都市はありがたい。
名優西村晃を、自分を殺そうとした人間たちに次々と復讐の刃を向ける会社社長に仕立てたスリラー。「ああ、こうきたか!」と思わせる落ちと、さらなるどんでん返しで見所はあるが、多少脂っこい。凄惨な死に顔をこれでもかと繰り出して怖さを醸成するが、やはり西村さんの魅力はその「殺され顔」のすばらしさにあるのだろう。逆に取り澄ました神父役は笑えるのだが。
ただ西村晃さんは、主演の立場にあるよりも、重要な脇、あるいはほんのちょい役で出演し、「ここでやはり西村晃だよなあ」と思わせる存在感を発揮する役のほうが断然好きである。
ああ、今回の企画は、中原早苗さんと、夫の深作欣二監督の夫婦特集だった。「怪談片目の男」で中原さんは、愛人の川津祐介と共謀して、夫の西村さんを殺そうとする妻役で出演。片目の男に追いかけられながら、熱いシャワーを浴びせられ顔の皮がベロリと剥けた挙げ句、屋敷の地下室にあったコレクションのギロチンの刃の上に落ちて絶命するという悲惨な役。このあたりのシークエンスがけっこう怖かった。
もう一本の「くの一忍法」は山田風太郎の『くの一忍法帖』の映画化。倉本聰さんが脚本を手がけている。さいわい手もとに、10年前に講談社文庫で出た『くの一忍法帖*1があったので、予習を兼ねて読んでいたのだが、やはりあのエロティックで奇想天外な山田忍法帖の映画化は難しい。断然小説に軍配を上げる。
中原さんは、千姫のもと、豊臣秀頼の胤を宿した真田女忍者の一人として、最後まで生き残って秀頼の子を産み落とす役。家康に雇われて彼女たち真田くの一を殺そうとする伊賀忍者のうち、大木実待田京介に重厚な存在感がただよう。
またこの映画では、何と言っても千姫役の野川由美子にうっとり。毅然とした態度で自分は豊臣の人間だと祖父家康の前で言い放つ気品と、鼻筋が素敵に通った横顔の凜とした美しさは絶品。
今回の企画は、ワイズ出版から女優魂 中原早苗中原早苗著・田丘広編)が刊行された記念として組まれた。もちろん映画館に行く前まではこの本を買うつもりでいたのだけれど、いざ新文芸坐で実物を手に取ると、インタビュー本だったということもあって、買うのを思いとどまった。先週インフルエンザに罹ったおかげで飛んでいった医療費もばかにならないし、ちょうど出たばかりの岡田茉莉子さんの自伝も買わなければならないと思っていたからだ。
ところがロビーに、小林信彦さんの週刊文春連載「本音を申せば」のコピーが掲示してあって、そこで小林さんが本書を面白くて二度も読んでしまったと書いてあったのを目にしたら、買わないわけにはいかなくなるではないか。結局そのまま足はフラフラと売店に向かい、『女優魂 中原早苗』を買ってしまったのである。
帰宅後さっそく読み始めたが、さすがに小林さんが絶賛するごとく、面白くて損はさせない。さばさばした語り口が、スクリーンのなかの「女優中原早苗」のイメージとぴったり重なって気持ちがいい。インタビュアー田丘さんから、さまざまな役柄を見事に演じてきたと言われ、こう言ってのける。

見事にでもないけどね。処女、少女、娘、おばさん、ばばあ、となんでもね。ばばあはあまりやらないうちにやめた(笑)。だいたい女は女の役を演じることができるのよ。
中原さんはもう古稀を過ぎているお年だと思うのだが、いまどんな感じのおばあさんになっているのだろう。この企画中サイン会もあるようなのだが、本書の語り口からはまったく年齢を感じさせず、あの日活映画の中原早苗そのものであり、わたしはそんな彼女の雰囲気が好きなので、想像するだけにとどめようと思う。
女優魂 中原早苗