圧倒的なエロス

今村昌平と黒木和雄

「赤い殺意」(1964年、日活)
監督今村昌平/原作藤原審爾/脚本長谷部慶次今村昌平春川ますみ西村晃露口茂/赤木蘭子/楠侑子/加藤嘉北村和夫北林谷栄宮口精二近藤宏小沢昭一殿山泰司

赤い殺意 [DVD]

「豚と軍艦」(1961年、日活)
監督今村昌平/脚本山内久長門裕之/吉村実子/三島雅夫丹波哲郎大坂志郎加藤武小沢昭一南田洋子東野英治郎/山内明/中原早苗菅井きん西村晃初井言栄高原駿雄殿山泰司/武智豊子

豚と軍艦[ビデオ]

豚と軍艦[ビデオ]

それぞれ今村昌平監督の代表作にあげられる作品である。一日でこの2本が観られる機会を逃すまいと、朝から灼熱の池袋に出かける。脇役特集以上の入りかもしれない。
この2作品のいずれが上か。人によってそれぞれ違うだろう。ちなみに文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』*1(文春ビジュアル文庫)では、「豚と軍艦」が32位、「赤い殺意」は49位にランクされる*2。いずれもエネルギッシュで甲乙つけがたいものの、どちらかと言えばこの順番と同じく、「豚と軍艦」が好みか。
とはいえ「赤い殺意」も佳品であった。何せ150分という長丁場、長さを感じさせず一気に見せる牽引力がある。また仙台が舞台の映画、“銀幕のなかの仙台”として落としてはならない映画だろう。古い仙台駅や市電が出てくる。西村・春川夫妻の住居は広瀬橋の近くらしい。広瀬橋たもとでは、市電をいったん降りた春川が逆方向の市電に乗って戻ってゆくという印象深いシーンが演じられる。
大学図書館職員の夫西村晃の出張中、強盗(露口茂)に入られ、犯されてしまう春川ますみ。しかし露口茂は金よりも春川ますみの性にとりこになり、一晩明かしたすえ、逆にお金を置いて出て行く。以来露口は春川を忘れられず、春川につきまとう。
春川は大きな養蚕農家の血縁者だが、私生児につながる者なので女中扱いで東京から田舎にやってくる。そこで肺病で寝ていた次男坊の西村晃に犯され、子供を宿す。しかし西村の妻として籍すら入れてもらえず、産まれた息子は戸籍では西村の弟として届けられてしまう。そんな不安定な関係が背後にあるから、たとえ息子可愛さにしても、心に隙が生じる。
露口は「今回が最後だ」と言い続けて春川と関係を結ぶ。春川もこれが最後と思いつつ、切れることができずに、二人は抜き差しならぬ関係に落ちてゆく。ずるずると底なし沼のように深みにはまる男女ということでは、成瀬巳喜男監督の「浮雲」を連想したが、的はずれだろうか。「赤い殺意」は切れることのできない男女関係の間にセックスという要素を強く前面に出したものになっている。
最初に露口に犯された翌朝、身を清めるかのように、全裸になって風呂の残り湯を繰り返し頭から浴びせる春川の裸体の、水をはじく若々しさが官能的だった。露口と春川の雪山の逃避行も息づまる展開。
よく今村作品を評して「土俗性」「因習」という言葉が使われる。たしかにこの映画でも東北地方の養蚕農家の因習が物語のキーとなっているけれど、言われるほど土俗性があるとは思えない。むしろ都会性だってないわけではないと反論してみたくなるのである。
井上ひさしさんはベスト100のなかに本作品を選び、次のようなコメントを寄せている(上記『大アンケートによる日本映画ベスト150』参照)。
仙台、松島がじつによく生きている。ひそひそ声の仙台弁が陰湿にドラマを盛り上げて行く。西村晃の仙台弁は、とくに出色。西村晃の母親を演じた女優(名失念、編注・赤木蘭子)が怖かった。
松島が生きているというのは、6年ぶりに妊娠した春川が、もしかしたら露口の子かもしれないとわざわざ仙台から東北本線に乗って松島の産婦人科に診てもらいきたことを指すのだろう。露口は春川を松島まで尾行し、仙台に帰る汽車のなかでもみ合ったすえ、心臓発作を起こす。苦しむ露口を見捨てられず、ポケットにあるアンプルを出してあげるあたりのシークエンスも山場のひとつだ。
さていっぽうの「豚と軍艦」は、横須賀米軍の残飯の払い下げをうけ、豚の飼料にして一儲けを企もうとするヤクザたちの話。ボスが三島雅夫。若頭格が丹波哲郎。この丹波哲郎がいい。胃が悪く、胃潰瘍なのに胃ガンと思い込み、死のうと思っても死にきれない気弱さと、下っ端チンピラの長門裕之に慕われるような凄みが一人の人間のなかに同居するおかしさ。
仲間に大坂志郎小沢昭一加藤武。この映画の西村晃は元仲間で足を洗い自動車ブローカーをしているが、丹波らにカンパ名目で金を巻き上げられ、最後には困窮のすえ自殺してしまうという可哀想な役。
ラスト、豚を積んだトラックが横須賀の町中で立ち往生し、自棄になった長門裕之が機関銃をぶっ放しながら豚をトラックから降ろして町中が豚の洪水になるあたりのドタバタ喜劇のような展開が爽快。小沢昭一加藤武が豚に呑み込まれてつぶされてゆく。
長門の恋人だった吉村実子は、長門の死を見届けたあと、姉の中原早苗の紹介で米兵の愛人に収まると思いきや、一転これを拒否し、荷物をまとめ「堅い職業につく」と川崎に行って職工になろうとする。
続々と横須賀に入港する米海兵めあてで横須賀にやってきた女たちとはまったく逆に、一人毅然と横須賀に背を向けて駅に入ってゆく姿が印象的。井上ひさしさんは本作品を9位に挙げ、「吉村実子の歩く姿の逞しい美しさが忘れられない」と書いており、他にもこのシーンの吉村実子の印象を書いていた人がいた。敗戦後手のひらを返したように米兵におもねる人々に背を向け、自立のため歩き出す女の姿というのは、いま観ても爽快きわまりないのだが、1961年というこの時代のなかに置いて考えれば、想像以上に強く人々の心を打ったシーンであったのに違いない。

*1:ISBN:4168116093

*2:今村作品としては、28位の「にっぽん昆虫記」が最高位で、「豚と軍艦」と「赤い殺意」の間に47位で「神々の深き欲望」が入っている。