第69 横浜元町の風格

三島由紀夫展

県立神奈川近代文学館で開催中の「生誕80年・没後35年記念展 三島由紀夫 ドラマティックヒストリー」を見に行った。
同文学館は横浜山手の港の見える丘公園に隣接してある。横浜はめったに訪れることのない町だ。桜木町から神奈川県立歴史博物館に行ったり、伊勢佐木町裏のシネマジャックに映画を見るため何度か訪れ、伊勢佐木町界隈の古本屋を冷やかしたり、せいぜい関内に足を伸ばしたりする程度。今回初めて元町・山手方面に足を踏み入れた。
地下鉄みなとみらい線ができて、元町・中華街が利用しやすくなったというけれど、今日歩いてみて思ったのは、断然京浜東北線石川町駅からまっすぐ元町の商店街を抜け港の見える丘公園に出るルートを歩くのが楽しいということ。元町歩きこそ散策者の楽しみの最たるものだろう。
ゴールデンウィークのさなかということもあり、元町の繁華街(元町ショッピングストリート)はたくさんの人で大賑わいだった。バッグのキタムラなんて、妻を連れてきたらこわいお店も。帰りに通った裏通り(仲通り)にいたるまで、お洒落なブティックや洋品、雑貨、カフェが軒を連ね、残念ながらわたしが似合う町ではない。だいいち古本屋がない(本屋もない?)。このあたり伊勢佐木町と大きく違う。元町はそういうところなのだろう。
面白いのは、石川町駅から元町方面に直接南北につながるメインストリートが東西の大通りに寸断され、寸断される手前までの商店街は元町ショッピングストリートとは別に、「アイモール」と名づけられた庶民的な商店街になっていること。居酒屋も、ラーメン屋も、吉野家もある。駅に近いほうが地価が安かったりして。
港の見える丘公園のもっとも奥まったところに近代文学館はある。公園自体完全なる山であり、登るのに体力を使ってヘトヘトになってしまった。登りきったところに、フランス領事館跡や風車台車跡、井戸跡といった煉瓦造遺構がある。
さて三島展。これだけ自筆の資料が多く遺されている作家はいないのではないか。そんなふうに思うほど、幼い頃の絵や作文、知友に宛てた葉書、手紙などの書簡類、自筆原稿、創作ノートなどが所狭しと展示されている。ふじたさん(id:foujita)のところで話題になっている「会計日記」も展示されていて、1946年12月11日に「戸板氏と夜八時迄観劇」という記事も書かれてある。
三島はいろいろな意味で「絵になる」人であり、写真も多い。バーベルを開始する直前に撮られた半裸の写真とその半年後の写真が並べられていたのには失笑してしまった。「使用前」の体があまりに貧弱だから。しかも頭でっかちなスタイル。顔が立派なだけに、背も低く(165cm)貧弱というコンプレックスは大きなものだったのだろう。
その他気になった展示物。吉田健一大岡昇平福田恆存ら同人と出していた同人誌『声』がイメージ以上に大判の雑誌だったこと。『芸術新潮』くらいの判型か。また、その吉田健一への献呈署名が入った「からつ風野郎」のドーナツ盤。吉田健一がこのレコードをプレイヤーにかけ、足を組みながら首を傾げる特徴のあるポーズでニヤリとしながら聞き入る場面を想像したりして、ひとりほくそ笑む。
さらに意外だったのは三島が猫好きだったということ。猫を可愛がる写真数葉が展示されていた。奥様が猫を嫌がり、飼うのをやめたという。
文学館では、三島展の図録(900円)に加え、「没後15年 獅子文六展」の図録も購入(1984年、500円)。獅子文六と言えば横浜生まれ。常設展のほうで原稿などが展示されており、横浜での幼少時代を描いた『父の乳』がとくに取り上げられていた。俄然読みたくなってくる。図録の協力者に「山藤章二」の名前を発見。挿絵資料として新聞連載小説を切り抜き、それらを提供されたのだろうか。
獅子文六の隣に山本周五郎が並んでいるのもいい。山本周五郎の『季節のない街』は横浜をモデルにしていることを知る。その他里見紝永井龍男ら。
大佛次郎記念館の猫オブジェそして横浜と言えばもう一人、大佛次郎近代文学館の隣に大佛次郎記念館があり、これも一緒に見てきた(観覧料200円)。三島が猫好きで意外だったと書いたが、こちら大佛次郎は大の猫好きで有名な人。愛猫エッセイ集『猫のいる日々』*1(徳間文庫、旧読前読後2002/9/10条)が有名だ。館内のシャンデリアの上に猫のオブジェがあったり、猫グッズが売られていたりで、猫好きが前面に押しだされている。
大佛次郎の書斎を再現したという「記念室」を覗くと、壁にしつらえられている書棚には、私の職場で刊行している史料集がずらりと並び、壮観だった。ちょっぴり嬉しい。
大佛次郎の妻登里(酉子)さんは新劇女優だったということでとても美しい。さらに驚くべきは、彼の兄野尻抱影の妻麗さんもたいへん綺麗な人であること。野尻兄弟(抱影・大佛次郎)と一緒にそれぞれ妻の写真も飾られており、その前でしばし呆然とした。
大佛次郎作品で持っているのは上記『猫のいる日々』のほか、『敗戦日記』や講談社文芸文庫のエッセイ集『旅の誘い』といった、あまり主要とは言えないものばかり。『霧笛』や『幻燈』といった長篇では木村荘八が挿絵を描いている。木村の挿絵がついたこれらの小説を読んでもいいかなと思う。
実はわたしもハマっ子の血を引いている。父方の祖父が横浜生まれで、本家はいまも横浜に住んでいるのである。ということをいまになって思い出した。しばし横浜つながりの読書でも楽しんでみようか。