獅子文六三昧・書物編

父の乳

山本周五郎から谷崎潤一郎へとつながった“横浜読書”のラインは、実は細々とつづいていた。先日訪れた県立神奈川近代文学館の常設展に獅子文六のコーナーもあったことは触れた(→5/3条)。獅子文六こと岩田豊雄が横浜生まれであることを、あらためて認識させられ、そのあたりのことについて書かれた自伝的長篇『父の乳』新潮文庫)を読むことにしたのだった。
文庫本で600頁にのぼる大冊で、しかも電車本として読んでいたため遅々たる歩みであったが、本を開いて字面を追うやいなや作品のなかに引きずりこまれるという繰り返しで、毎度毎度、なぜこうも獅子文六は面白いのだろうと感心するばかり。
いや、感心してばかりでは進歩がない。面白さの由来を突き止めるべく、客観的にテキストに向き合い、分析的に読んでいこうと身構えながら読んでいても、いつのまにかそんなことを忘れている。気づけばただただ面白さにページをめくりつづけ、数十頁読み進んでいる始末。
たとえば敗戦直後の日本社会に対する諷刺が効いた『てんやわんや』や『自由学校』『やつさもつさ』だったり、テーマ小説として魅力的な『バナナ』や『箱根山』などであれば、面白さも少しは説明がつけられるのかもしれない。
これに対し、自伝的作品である『父の乳』も面白さで上記作品にけっしてひけをとらないのだ。獅子文六の経歴がユニークであるということは大きなポイントに違いあるまいが、だからといってこれまでの人生をただ振り返り綴っただけではこうも面白くならないのではないか。結局、面白がらせかたの秘訣を探りえぬまま、次に獅子作品を読む機会に宿題を引き継ぐことになってしまった。
岩田豊雄は、横浜で絹製品の海外輸出や絹物小売店(シルク・ストア)を営む商家の長男として生まれた。10歳で父親と死別する。本書の全編にわたり、寡黙でありながら、子どもに対して寛容で包容力のある父親の像が懐かしく追想されている。父への追慕の思いは、こんなふうに熱烈なものだ。

亡父のことを考えると、私は、惚れてるとしか、説明のしようのない気持だが、同時に、わが子に対する気持も惚れてると、いうのだろう。〝惚れる〟とは、無条件で、全身を持っていかれることで、女に対しては、私は、ほとんど、その経験がない。(594頁)
永井荷風谷崎潤一郎のような、母を思慕する「エディプス・コンプレックス」が自分にはまったくなく、したがって自分には大作家たるべき条件が欠けているのだという奇妙な論理も展開されている。
本書は、著者10歳で父危篤の報を受けた場面からはじまる。そして前半300頁を費やし、女手ひとつで育てられ、思春期を経て20歳になるまでの青少年時代が回想される。父親は福沢諭吉と同郷中津の出身で、彼の門下生だったという。
豊雄少年は最初地元の小学校に入学するが、学校生活に慣れず脱落、その後父の縁で慶応幼稚舎に入学する。豊雄少年が入学したとき、慶応大学のあのゴシック風の赤煉瓦図書館がまだ建てられていなかった頃だという時間の遠さに茫然とする。
横浜での商家の暮らしや、慶応幼稚舎の寄宿舎での暮らしなど、明治の庶民生活が鮮やかに描かれ、その微細さに感動する。豊雄少年が自分のことを指す一人称として、「ぼく」より「あたい」をよく使っていたという事実は意外な感じがした。
「当時の少年は、兄貴株の青年に会うと、一応、男色家ではないかと、警戒する必要があった」(135頁)という文化習俗や、よく遊んでもらった店員が家に遊びに来て、酔っ払って寝てしまったので、その口めがけて放尿したといういたずら坊主ぶり、大森に転居して近所づきあいをするようになった、少年時代のイサム・ノグチとの出会いなど、楽しい挿話が尽きない。
300頁読み進んで、分量的にちょうど半分、年号も明治から大正に変わるというあたりで、突然時間が40年ジャンプする。三番目の妻との間に60歳にして初めて男子を授かったという一大事から後半がスタートする。もうひとつの自伝的長篇『娘と私』は、文字通り最初のフランス人妻との間にもうけた長女が生まれ、嫁ぐまでを回想したものだから、この抜けた期間がそっくり該当するのだ。『父の乳』が、『娘と私』をサンドイッチする構造。このあたりもうまい。
自分は10歳で父と死別した。わが子が10歳になるとき自分は70歳。せめてそこまで生きねばという心もちで、初めて男の子をもった親としての喜びを率直に吐露し、また初めて男の子を持ったことでわかってくる父親の気持ち、それらの思いを経てあらためてわが父親のことを思い返したり、父の自分に対する態度や、自分の少年時代の行状を踏まえて子どもへの接し方を考え、反省する日々。
わたしも長男として生まれ育ち、いま年月を経て二人の男児の父親となっていることもあり、獅子文六の心の推移がじんわりと心に沁みてくる。
親の知らないところで、子供――ことに男の子は、思いも寄らぬ、危ないことをやってるのだが、そのわりに、事故を起こさないものである。もし、男の子を、親の完全な監視下に置こうとしたら、鉄の檻の中にでも、入れる他はない。それなら、親の目は届くが、男の子は、青く萎びて、成長を止めてしまう。男の子というものは、小さな猛獣であり、自然が、半分、母の役を勤めてるようなものである。(199-200頁)
獅子文六の作品を読むとき、随所にきらりと光るユーモアを拾いあつめることをいつも愉しみにしている。たとえばこんなくだりはどうだろう。大磯在住時代、飼っていた犬について。
シープ・ドッグ種の牝犬で、ヨシという犬を飼ってた。体が灰色で、爪先だけが白く、白足袋をはいたようだった。大磯で白足袋をはくのは、吉田首相だけだから、ヨシダと命名したのだが、ちょっと悪いから、ヨシと呼んでいた。(374頁)
つぎに、妻のお腹が少しずつ大きくなっていくときの心情。
妻が、だんだん妊婦らしい状態になってくると、私まで、妊娠してるような気になったのは、不思議だった。私も、何か、腹が重く、何かを抱え込んでるような気がした。そして、何か、セカセカと、急き立てられるようだった。
(この気分、何かに、似てるぞ)
と、考えてみたら、所得税の納期が迫った時と、そっくりだった。男にとって、子供が生れるのは、税金の支払いと、同じことかも知れなかった。(356-57頁)
うーん、面白いたとえではあるけれど、わたしが高額納税者でないからか、給与所得者だからか、この気持ちはちょっと、わからない。