草茂みベースボールの道白し

タイトルに掲げた句は、明治29年(1896)夏、正岡子規の作。子規が野球好きだったことは有名で、本名升(のぼる)に「野球(ノ・ボール)」の字を当てたことから、baseballの邦訳野球は子規によるという俗説が生じているほどである。
上記の句は平出隆さんによる異色の野球エッセイ集『ベースボールの詩学*1筑摩書房)の第7章「短詩型プレイヤー正岡子規」に引かれている。この『ベースボールの詩学』は他に類を見ないユニークな野球論である。
自らも草野球チーム・ファウルズを率いる野球好きの平出さんが、ベースボールの起源を求めアメリカ各地を旅した記録が前半部を占める。
ベースボールの確立に寄与したスポルディング、確立期ベースボールを熱狂的に愛した詩人ホイットマン、競技規則のおおよそを定めたカートライトの事績を検証(顕彰)し、野球博物館(殿堂)のあるクーパースタウン、いまはなきブルックリン・ドジャースニューヨーク・ジャイアンツの本拠地エベッツ・フィールドとポロ・グラウンズを訪ねる。
後半は上記子規のことを含め、東西の野球に関する詩篇を紹介しながら、“ベースボール愛”について詩情あふれる筆致で熱く語る。
西洋やわが国の民間習俗からベースボールの起源をエジプト神話に尋ね、従来の「発生神話」を崩してゆくくだりなどは実証性と文学性のバランスがほどよくかみ合う。コチコチの研究者肌の人物によって書かれなかったことが幸いしている。
投手から放たれた白球をバットで天空高く打ち返すことの快楽、打者に向かい白球を投じて空を切らせる快感、野球の二つの大きな醍醐味がここにある。本書はそんな始原的な野球を楽しみを文章によって味わわせてくれる。
詩人らしい警句も随所に見られる。たとえばシカゴ・カブスの黄金時代(1900年代)におけるショート・セカンド・ファーストのダブルプレイ・トリオの写真に付したキャプションは次のとおり(180頁)。

ダブルプレイとは、俳句に似て、一種の殺気がみちるほどにまで定型をきわめる、いわば球戯における短詩型だからである。