恐ろしい女優若尾文子

「爛」(1962年、大映東京)
監督増村保造/原作徳田秋声/脚本新藤兼人若尾文子田宮二郎水谷良重船越英二丹阿弥谷津子/弓恵子/藤原礼子/倉田マユミ/仲村隆/浜村純/殿山泰司中条静夫/十朱久雄

徳田秋声の原作の文庫本(岩波文庫?)は、つい最近積ん読本を整理したとき見かけたはずだが、すでにどこにあったか忘れてしまっている。情けない。映画は時代設定を現代(60年代)にしているが、おそらく原作は明治頃なのだろう。男女の愛情関係がもつれにもつれて取っ組み合いになるほどの情景は、はたして原作ではどのようになっているのだろうか。映画を観ていたら猛烈に原作を読みたくなってきたのである。
女の性(セックス)をここまであからさまに描き出した映画は、ちょっといまほかには思い出せない。田宮二郎の二号さんだった若尾文子が、妻を追い出してその座にすわったと思ったら、自分の姪である水谷良重に田宮をとられそうになる。元妻と若尾文子若尾文子水谷良重の激突がすさまじい。
女好きの田宮二郎がすべて悪い、と女性は言うだろう。妻を裏切ったばかりか、せっかく若尾と再婚したのに、若尾が妊娠治療のため入院しているのを幸い、同居していた姪の水谷と関係を持ってしまう。
でもいっぽうで増村監督は、水谷が田宮を見る視線のなまめかしさも強調している。田宮は水谷が誘ったのではないかと主張するが、たしかに水谷良重も彼を拒否しないのである。
若尾の策動で、田舎の農業経営者と意に添わぬ結婚を強いられた水谷は、その前日に田宮を誘い、二人は激しく交情するのである。田宮への思いを捨てずに結婚する水谷もさることながら、その二人の関係がなお切れずにつづいていることを薄々承知しながら、せっかくつかんだ幸せを手放したくないためだけに、そしらぬ顔で田宮の妻の座に居つづけようとする若尾のラストの表情に恐れおののいた。
このとき若尾さんは29歳。いまこの年代の女優さんで、こんな役どころを演じきれる人はいるだろうか。この年若尾さんは、「雁の寺」「しとやかな獣」という川島雄三監督の傑作二本にも主演している。いっぽうで明るく快活な役柄を演じながら、女性の深淵をのぞかせるシリアスな役もこなすのだから、恐れ入ったと言うしかない。