丸の内、成城、表参道?

「実は熟したり」(1959年、大映
監督田中重雄/原作源氏鶏太/脚本白坂依志夫若尾文子川崎敬三田宮二郎/見明凡太郎/村瀬幸子/沢村貞子/友田輝/三宅川和子/月田昌也/東野英治郎/角梨枝子

映画タイトルどおり実が熟しつつあるお年頃の若尾文子は丸の内のOL。それぞれお互いを好きでいる若尾と、デザイナーの川崎敬三が、結局結婚せずにそれぞれ別の相手と結婚することになるという、切ない恋の物語。
若尾にはいつも縁談をもってくるご婦人がいて、これが沢村貞子。おしゃべりで、会話の最後を「ほんとのはなし」と結ぶ口癖が愉快だ。若尾の母の村瀬幸子が沢村としゃべっていて、この口調が移ってしまう。沢村は「100組目の媒酌」を成立させようとやっきになる。どこかで聞いたことのあるような話だ。若尾は沢村の持ってきた縁談を柳に風と受け流し、見合い相手を友人たちに「配給」(横流し)してしまうのもすごい。
この映画は、ストーリーよりも、背景に映る東京の街に目がいってしまった。若尾は生垣がならぶ広々とした郊外の高級住宅地から、電車と地下鉄を乗りついで兄の田宮二郎と一緒に通勤する。職場は前述のとおり丸の内で、一瞬背後に「三菱一号館」の煉瓦造建物が見えたから感動した。『東京人』2005年4月号(特集「東京なくなった建築」)によれば、三菱一号館が取り壊されたのは1968年(昭和43年)とのこと*1三菱一号館にとどまらず、このときの丸の内オフィス街の景観は、重厚な建物が並び威容を誇っている。
田宮・若尾兄妹の家は田園調布なのかなあと思っていたら、成城だった。酔って駅から出てきた田宮が川崎敬三を殴りつけるのが、成城学園前駅だったのである。すると通勤電車は小田急で、地下鉄は千代田線なのか*2
いっぽう川崎敬三が住むのは原宿らしい。高層の「HARAJYUKU APARTMENT」と文字看板の出たマンションの上のほうに住居兼仕事場を構えている。これはどこにある(あるいはあった)のだろう。ラストシーン、川崎の住まいを訪れた若尾が帰る場面に映るのは表参道のような気がする。歩道が舗装されておらず、土がむきだしである。表参道でいいのかどうか疑問がないわけではないが、まあ明治神宮の参道だからありえたのかな。
川崎敬三に自分の娘を結婚させようとする社長に東野英治郎。またしてもその愛人に角梨枝子。文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』*3(文春ビジュアル文庫、→4/25条)所収「たったひとりで、ベスト100選出に挑戦する!」のなかで、井上ひさしさんは、川島雄三監督「とんかつ大将」での角梨枝子に憧れ、高三の夏休み、受験勉強のかたわら毎日映画館に通ったという。わたしも角梨枝子は清純派女優というイメージがあったのだが、先日観た「八月生れの女」といい、この頃は愛人や玄人っぽい女性を演じ、年増の色気を発散させるような脇役女優になっていたんだなあと感慨深い。

*1:近く復元されるというから楽しみにしよう。

*2:【追記】そんなことはない。書いたあと調べてみると、代々木公園−代々木上原間が開通し小田急線との相互直通が始まったのは1978年だ。ということは、二人は小田急で新宿まで出て、そこから乗り換えるのだろう。二本目のシーンは地下鉄のように背景が暗かったけれども、あるいは地下鉄ではないのかもしれない。

*3:ISBN:4168116093