長篇を観通した根気

人間の條件 第5部死の脱出 第6部曠野の彷徨」(1963年、文芸プロ・にんじんくらぶ・松竹)
監督・脚本小林正樹/原作五味川純平/脚本松山善三・稲垣公一/仲代達矢新珠三千代内藤武敏川津祐介金子信雄岸田今日子中村玉緒笠智衆高峰秀子/二本柳寛/上田吉二郎/御橋公/南美江坊屋三郎菅井きん/諸角啓二郎/高原駿雄

第1部から第6部まで、全部で合わせて約9時間30分にものぼる超大作を意外な短期間で観終えることができた。ハードディスクの容量という現実的要請こそあったものの、「次はどうなる」という映画の面白さがそうさせたのである。
五味川純平の原作は当時空前のベストセラーとなったと言われているが、調べてみると1958年のことらしい。敗戦から13年。いまから13年前と言えば1993年のことだから、バブル景気がはじけようとしていた時期である。この時間的距離感を思えば、当時の人びとが『人間の条件』という小説をどのように手に取り、読んだのかを想像することができる。
わたしが古本屋でバイトをしていた15年前頃は、この文春文庫版がよく入っていたものだが、最近は古本屋でもさっぱり見かけなくなった。いや、眼中に入っていなかったと言うべきか。よくよく考えてみれば、いまでは岩波現代文庫版で読めるのか。言われてみれば新刊で並んでいたことを思い出した。そのときはまったく興味がなかったが、いまでは買ってみようかというほど、心が動いている。
というのも、映画を観ていて、この作品は軍隊(日本軍)という組織、ひいては戦争(太平洋戦争)の矛盾の百貨店のように、あらゆる問題点を網羅しているように感じたからで、原作はより細かい描写がされているのではないかと思ったのだ。
この第5部・第6部では、敗戦の事実をはっきり知らないまま、仲代は部下の川津祐介らと満州の森を彷徨う。途中避難民の日本人の一団と出会い、足手まといとなることを憂慮しつつ彼ら集団を率いて逃亡をつづける。極端に乏しい食糧からくる飢餓から、とうとう発狂するものも出てくる。避難民の一人上田吉二郎は妻子を殺してしまう。このなかに娼婦の岸田今日子がいて、彼女は満州民兵に無惨に殺害されてしまうのだが、この映画のなかで印象的な女性の一人だった。
印象的な女性と言えば若き中村玉緒。弟と親類に遊びにいったとき戦闘に遭遇し、逃げまどったあげく仲代らと出会う。途中見つけた川で、仲代に勧められるまま汚れた顔を洗うと、そこにはハッと息を呑むような美しい表情があった。弟を親元に返したいという一心で逃げる中村玉緒らを、仲代に変わって送り届けようとするのが、途中合流した金子信雄(伍長)の集団。映像では出てこず、あとで語られたことを通してに過ぎないのだが、金子らは中村玉緒を犯し、そのまま捨てて(あるいは殺して)去ってしまったのである。
この第5部・第6部の白眉は、仲代と金子信雄の対決だろう。中村玉緒のことで仲代の激怒を買った金子らは、軍刀など武装を奪われ、外に放り出される。その後彼らとソ連の捕虜収容所で再会したが、金子はうまくソ連兵に取り入っており、捕虜とソ連兵を仲介するような立場となっているのである。その金子から乱暴の末に川津は殺害され、激怒した仲代は金子に復讐をする。その壮絶なシーンが息を呑む。
戦争の矛盾は日本軍組織の問題だけでないというのが、第6部を観てもよくわかる。捕虜収容所内の苛酷な強制労働にも光があてられ、また、日本人とロシア人相互の意思疎通、つまり言葉の問題も横たわっている。仲代がソ連シンパであることを伝えたくとも、日本人通訳が正確に言葉を伝えてくれず、元々の職業を「労務管理者」と答えただけで、「搾取する側」と捉えられ、その言葉は仲代に伝えられずに、抗弁の機会も失われる。このもどかしさ。
避難民集団のリーダー笠智衆や、そこで生活する未亡人高峰秀子の世の中を捨てきった醒めた態度など、まだまだ印象深い人びとはたくさんいる。
関川夏央さんは、『昭和が明るかった頃』(文春文庫)のなかで、石原裕次郎は戦後初めて軍人役が似合わない俳優として登場したと論じている。それまでの俳優は兵隊役なら誰でもはまると言われていたのである。この「人間の條件」は、裕次郎ブームまっただ中に作られた映画ではあるけれど、そうした「兵隊役ならはまる」日本の映画俳優をことごとくキャスティングし得た最後の傑作だったのかもしれない。
最後まで妻のことを思いながら死んでゆく仲代であるが、その妻である新珠三千代の出演場面は第5部・第6部ではほとんどない。そもそも敗戦の混乱で彼女がどうなったのか、死んだのかすら仲代にはわからず、映画を観るわたしたちにもわからない。仲代は、夫を戦争で亡くし、やむを得ず身体を売って糊口をしのぎ、寂しさを紛らわせる高峰秀子に妻の姿をだぶらせることしかできない。どうなっているのかわからない妻に向かって、ひたすら歩きつづける仲代に感動せずにはいられないのであった。
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