女の逡巡

没後十年 木下惠介の世界

「遠い雲」(1955年、松竹大船)
監督・脚本木下惠介/脚本松山善三高峰秀子田村高廣佐田啓二高橋貞二/中川弘子/小林トシ子/柳永二郎井川邦子/坂本武/夏川静代/市川春代/岡田和子/石濱朗桂木洋子/田浦正巳/明石潮

東京に出ていたエリート技師田村高広が、北海道転勤を目の前にして郷里の飛騨高山に帰省する。家は造り酒屋を営み、遊び好きの兄高橋貞二が継いでいる。そこで聞いたのは、かつて恋心を抱きながら、家の事情で同級生と結婚した高峰秀子が夫に死に別れ、寡婦として婚家で暮らしているという噂だった。
かつて愛した女性への思慕に苦しむ田村高広、亡夫の弟で真面目な佐田啓二にひそかに恋情を寄せられて、その間で板挟みになり苦しみ抜く高峰秀子が素晴らしい。とりわけラストの高山駅、東京に戻る夜行に乗った田村を追いかけて東京の切符を買いながら、ちょうど金沢出張から戻ってきた佐田啓二に止められ、行こうか行くまいか迷いつづける高峰秀子の心の揺れが鮮明に画面から伝わってくる。
高峰さんが出演する映画を観るのはしばらくぶりのこと。映画館で出しているリーフレットに、「成瀬巳喜男ファンも必見」とあるのにつられて観に来たが、女性の微妙な心の揺れを深いところでつかむあたり、なるほど、である。やはり映画は脚本がいいと観終えたときに爽やかな気分になる。