文学座の底力
- 「にごりえ」(1953年、新世紀プロ・文学座)
- 監督今井正/原作樋口一葉/脚本水木洋子・井手俊郎/丹阿弥谷津子/芥川比呂志/三津田健/田村秋子/久我美子/仲谷昇/長岡輝子/龍岡晋/淡島千景/山村聰/杉村春子/宮口精二/中村伸郎/荒木道子/賀原夏子/北村和夫/戌井市郎/十朱久雄/南美江/加藤武
- 「夜の鼓」(1958年、現代ぷろだくしょん)
- 監督今井正/原作近松門左衛門/脚本橋本忍・新藤兼人/三国連太郎/有馬稲子/森雅之/日高澄子/雪代敬子/中村萬之助/金子信雄/殿山泰司/東野英治郎/菅井一郎/加藤嘉/柳永二郎/浜村純/松本染升/夏川静江/東恵美子/奈良岡朋子/毛利菊枝
「にごりえ」は、もうひたすら明治の世界に引きずりこまれた。樋口一葉の小説「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」をオムニバス形式で映画化したものだが、このなかでは「大つごもり」が最も面白く、ついで「にごりえ」「十三夜」の順か。「十三夜」は途中ウトウトしてしまったゆえだが、幼なじみ芥川比呂志と丹阿弥谷津子のしっとりした二人芝居から転じて、久我美子の手がかじかむ様子がスクリーンを通して伝わってくるような緊張感のある「大つごもり」に切り替わるあたりではっきり目が醒める。
「大つごもり」は、凛とした久我美子の女中はもちろんのこと、大金持ちだが吝嗇な龍岡晋・長岡輝子の夫婦から、道楽息子の仲谷昇のキザっぽさ、岸田今日子らの気取ったお嬢様ぶり、そして中村伸郎と荒木道子夫婦の零落した長屋生活に至るまで、役者がぴったりと物語にはまっていて一分の隙もないという印象。
役者が物語にはまっているということでは、「にごりえ」も引けをとらない。淡島千景・山村聰はともかく、やはり文学座の面々、杉村春子・宮口精二あたりの存在感はもうただ圧倒的。物語のどの役で杉村春子が出るのかと息をのんで見つめていると、ああ、たぶんこの役だというところでまさに杉村春子が登場。大向こうから「杉村屋」という掛け声でも飛んできそうな堂々たるものだった。鋭い刃物のような宮口精二も迫力がある。
しかも「大つごもり」「にごりえ」ともストーリーが面白い。「大つごもり」はけっこうサスペンスフルで「たぶんこうなるのでは…」というところにきちんと収まる落ちも見事。「にごりえ」は酷すぎるラストに人生の哀感がただよう。
「十三夜」も含めいずれも原作は未読なのだが、もし映画が原作をなぞっているものなのであれば、そういう物語を書いた樋口一葉という小説家のポテンシャルの高さをいまさらながら思い知らされる。
時代劇は滅多に観ないわたしだが、二本立てだし、橋本忍・新藤兼人脚本というのに動かされて「夜の鼓」を観る。お歯黒をして眉を剃った武士の女房有馬稲子の妖艶さ。真面目なお納戸役で将来を期待されている三國連太郎が、愛する妻の不義を知ってお家のためと自害を迫るのが痛々しい。
有馬稲子に迫った挙げ句拒否されて面目をつぶされる金子信雄や、逆に有馬に迫られてつい手を出してしまった鼓師森雅之の色男ぶり。殿山泰司・東野英治郎・菅井一郎・加藤嘉・柳永二郎ら豪華俳優陣が脇を固める。
有馬の実弟で、姉の嫁入りと一緒に三國の養子として入ったのが、何とも若々しい中村萬之助、つまり今の吉右衛門で、初々しさを通して、現在の歌舞伎役者としての貫禄を重ね合わせため息をつく。
「にごりえ」と「夜の鼓」、仕事帰りの疲れた頭で観る二本立てだが、疲れを感じさせない緊張感によって最後まで観とおすことができた。