中年男やもめの僥倖

「山鳩」(1957年、東宝
監督丸山誠治/原作北條秀司/脚本井手俊郎森繁久弥岡田茉莉子清川虹子左卜全田中春男/三好栄子/千秋実東野英治郎中村是好賀原夏子/上田吉二郎/沢村いき雄/堺左千夫/須賀京子/佐田豊

緊張感ただよう今井作品とは打ってかわり、のんびりと牧歌的な映画だった。浅間山の麓、草津と軽井沢を結ぶ草軽電鉄の小さな駅「落葉松沢」(からまつざわ)を一人で守る老駅長森繁久弥のところに、かつて飲み屋で働いていたという若い女岡田茉莉子が飛び込んでくる。
親と子ほど年齢が違う二人だが、次第に惹かれあって…、というのが筋。むかし妻に死なれてひとり暮らしという男やもめが、三十も年下の若い女房をもらう。しかもこの時期の岡田茉莉子の可愛さといったらない。ただただうっとりしてしまう。
これまでもずっと岡田茉莉子にはうっとりさせられどおしだったのだが、少し客観的に見てみると、岡田茉莉子は長い黒髪をたらしているのではなく、ボーイッシュなショートヘアなのである。逆に長髪の岡田茉莉子は想像できない。短髪こそ岡田茉莉子。どちらかといえば長髪好きのわたしは、岡田茉莉子が短髪であることに気づかされ、結局女性の好みに髪型は左右されるのかと自問自答してしまう。
草軽電鉄の「落葉松沢」は架空の駅で、実際は「小瀬温泉」駅で撮影されたという。すでに草軽電鉄は廃線となっているから、鉄道好きにはたまらない映画なのだろう。川本三郎さんは、草軽電鉄が撮された映画のロケ地をたずね歩いているが、もちろんそのなかに「山鳩」も含まれている。
日本映画を歩く―ロケ地を訪ねて (中公文庫)『日本映画を歩く―ロケ地を訪ねて』(中公文庫)中の一篇「「カルメン故郷に帰る」と草軽電鉄追慕行」がそれで、地元の人に廃線跡を聞いて探し回ったが結局見つけることができなかったとある。
森繁久弥の飄逸、岡田茉莉子の溌剌。三好栄子は相も変わらず地元の新興宗教「浅間教」の教祖として登場、お産に苦しむ岡田茉莉子の目の前で騒々しく祈祷する怪演。この人のユニークな存在感が際立つ役柄だった。