サラリーマンか男か

「青年の椅子」(1962年、日活)
監督西河克巳/原作源氏鶏太/脚本松浦健郎/石原裕次郎芦川いづみ水谷良重宇野重吉滝沢修東野英治郎芦田伸介/谷村昌彦/藤村有弘/高橋昌也/山田吾一/小川虎之助

裕次郎は商事会社の営業課に属するサラリーマン。彼が会社の「お家騒動」を暴き、悪玉を懲らしめるという痛快ドラマ。
善玉側は、直接の上司営業部長の宇野重吉。彼を追い出そうと画策する悪玉が総務部長の滝沢修。滝沢に、裕次郎の同僚藤村有弘がおもねっており、また有力取引先の専務(高橋昌也)と結んでいる。
創立20周年の会が鬼怒川温泉で開かれるさい、営業課員はこぞって取引先の接待役を命ぜられる。裕次郎は九州熊本出身で、九州の支社から東京の本社に転勤したばかり、エレベーターに乗るのも苦手だというのが極端だ。
鬼怒川温泉までバスで行くのも辛かろうと、タイピストの同僚芦川いづみ(藤村有弘の婚約者)は、彼が電車で行けるよう進言し、自分もそれに同行する。東武電車(東武ナントカロマンスカーという宣伝文句が映画にあった)での道行が、二人の恋を予感させている。結局芦川は裕次郎に惚れ、婚約者藤村に婚約破棄を告げるのだが、婚約破棄の手紙や、裕次郎にデートを申し込むためのメモをわざわざ会社の和文タイプで打ち、それらがことごとく事務文書風なのが笑える。
この映画で裕次郎に惚れる女性は、いまの芦川いづみと、芦川の同級生で、取引先の社長令嬢である水谷良重(現八重子)。水谷は高橋昌也と結婚させられそうだが、これを嫌っている。
また今回裕次郎が気に入られる大物は、もう一つの有力取引先の社長東野英治郎。宴会前の打ち合わせで、酒癖が悪いナンバーワンの要注意人物とされていた。たしか東野英治郎さんは、実際にはまったく酒に弱い人だったはずだよな。
宴会では、酔った東野が水谷に絡んできたのを見かねて間に入った裕次郎が、代わりに東野に絡まれた挙げ句背負い投げで投げ飛ばしてしまって、滝沢らの激怒を買ってしまう。でもそれがきっかけで東野から気に入られ…という、まあお決まりのパターン。
これまで観た「天下を取る」「喧嘩太郎」とこの「青年の椅子」3本では、「青年の椅子」がもっとも痛快で面白かった。会社のなかの権力闘争が善と悪にはっきり分けられ、裕次郎が善玉として悪玉をやっつけるというきわめて単純な筋なのだが、本作「青年の椅子」に多少深みがあるとすれば、裕次郎が悪玉を懲らしめる大義名分として、正義感や会社のためということだけでなく、尊敬する上司のためでもあるという点か。この人のためなら身を投げ出してもという「理想の上司」宇野重吉の存在感が大きい。もちろんこれと対立する滝沢修の憎々しさも際立つ。
それと、高橋・滝沢コンビの奸計にはめられ、リベートを受け取ってしまう裕次郎の同僚谷村昌彦の人の良さがいい。裕次郎から金を借りていた谷村は、そのリベートの一部で裕次郎を飲みに誘う。行ったところが沖縄居酒屋だった。この時期まだ沖縄返還前のはず。こういうコンセプトの飲み屋がすでにあったのか。店員は沖縄風の扮装をして、エキゾティックな演出がなされていた。
そこで谷村は自分が石垣島出身だと裕次郎に告げるのに笑ってしまった。だって、谷村さんと言えば、方言丸出しの滑稽な存在感で印象深いわが郷土山形出身の俳優さんだからだ。子供の頃、郷土出身俳優ということで山形弁丸出しで活躍する姿が記憶に残っている。多少方言が残る台詞回しで石垣島出身というのだから、そのギャップがおかしい。
それはともかく、この裕次郎と谷村昌彦二人の同僚同士にある奇妙な友情関係、リベート受領が発覚して会社に辞表を提出した谷村の家を裕次郎が訪ねるシークエンスにほろりとさせられる。
裕次郎と、水谷の会社の社員で、専務の乗っ取り計画で義憤に燃える山田吾一が密談をするバーのマダムが武智豊子も存在感たっぷり。この人はおばあさん役の印象が強いから、派手なドレスを着た酒場のマダムであるという、それだけのことにこれまた笑ってしまった。
スタッフロールのなかで、最後に出る監督の名前の直前に、滝沢修東野英治郎宇野重吉という三人の名前が一画面に並ぶのは壮観である。
この映画で裕次郎は、芦川から、「今日のあなたは男でなくサラリーマンなのよ」と釘を刺される。男としての正義感は捨て、サラリーマンとして会社のため取引先にサービスせよというわけだ。世のサラリーマン男性は、サラリーマンたるためには「男」を捨てなければならないのか。サラリーマンと男が二者択一的なるものである考えは新鮮だった。源氏鶏太的、と言うべきなのか。

青年の椅子 [VHS]

青年の椅子 [VHS]