やっちゃ場の女と男

「やっちゃ場の女」(1962年、大映
監督木村恵吾/脚本田口耕/若尾文子藤巻潤/叶順子/宇津井健根上淳/清川玉枝/村田知栄子/信欣三/水戸光子/潮万太郎
「あした晴れるか」(1960年、日活)※二度目
監督・脚本中平康/原作菊村到/脚本池田一朗石原裕次郎芦川いづみ中原早苗/杉山俊夫/渡辺美佐子西村晃東野英治郎/安部徹/殿山泰司三島雅夫/清川玉枝/信欣三/藤村有弘/草薙幸二郎/嵯峨善兵

先の参議院議員選挙において、夫黒川紀章氏が結成した党から出馬した若尾文子さんの姿は、いかにも「大女優」という風格があって威厳に満ちていた。参院議長だった扇千景さんや、代議士の妻だった司葉子さんの風格を凌駕していたと言ってよい。
選挙後に夫婦で出演したワイドショーをたまたま見ていたら、隣に夫がいながら、目線ひとつ送るでもなく、毅然とした表情で「彼のやっていることは蟷螂の斧です」と言い切り、笑みすら浮かべない様子に身震いした。隣で黒川氏は苦笑しながら言い訳しようとしていたのが微笑ましい。あの夫婦は仲がいいのか悪いのかよくわからない。
わたしが女優若尾文子の存在を強く意識したのは、たぶん1988年に放映された大河ドラマ武田信玄」だと思う。「今宵はここまでに致しとうございます」のあれである。「あの若尾文子がとうとう大河ドラマに」という触れ込みだったように記憶している*1。滅多にテレビドラマには出ないけれど、昔は映画の大スターだったという意味での「大女優」として印象づけられた。
このところ若尾さんが出演した映画を観る機会が多いが、観ていると、かけだしの頃の可愛さ、少し年齢を重ねてからの妖艶さにひたすら圧倒されるばかりで、この女性がいまや威嚇的なほど冷たい雰囲気を放つ国政選挙立候補者となっているとは、にわかに信じがたい気がする。
今回観た「やっちゃ場の女」は、可愛さ、妖艶さいずれも強調されているとは言いがたく、人気女優若尾文子に様々な役柄を演じさせたいという発想で企画されたのかもしれない。妙齢ながらも独り身で、五代続く青果商の跡取り娘という役柄。
母親が清川玉枝。彼女も青果商の店主としてバリバリ働いていたが、仕事中酒を呑むなどの不摂生がたたって倒れ、急逝してしまう。店の番頭格で頼りになるのが藤巻潤。若尾や、彼女の妹でBGをしている叶順子は藤巻を好ましく思っているものの、仕事一筋の藤巻はなかなかそれに気づかない。
若尾・叶姉妹の父親信欣三は、女をこしらえて家を出、佃島に逼塞している。愛人が水戸光子。信欣三のいかにも気っぷのいい口跡と、それを陰で支え、娘の若尾らに申し訳なく思いながら慎ましく暮らしている水戸光子の二人のたたずまいは、まるで歌舞伎の世話物のようである。芝居がかってくさいのだけれど、しっとりとした味わいがあって実にいいのだ。
しかも二人が隠棲している佃島の風景も情緒纏綿たるおもむき。遠くに勝鬨橋が見え、佃の渡しもまだ健在であって、若尾や藤巻がそれに乗って佃島にやってくる。川本三郎『銀幕の東京』*2中公新書)によれば、佃の渡しはこの映画の2年後、昭和39年(1964)に廃止されたという(「如何なる星の下に」の項)。川本さんは、「この渡し船は実にさまざまな映画に出て来る」とするが、さすがにこのマイナーな映画には言及されていない。
隅田川の夏と言えば両国の川開き(花火大会)。この映画では、ストーリーの重要な転回点となる一夜が、川開きの日、夜空にたくさんの花火が打ち上げられ、それを下町の人びとが集って眺めた晩に設定されている。
若尾は組合の桟敷で深酒した藤巻を介抱するため帰宅した。その後二人は家の物干し台で花火を眺め、ロマンティックな雰囲気になる。そこに妹の叶順子が帰宅し、二人の姿を目撃してしまう。藤巻に好意を持っていた叶は家を飛び出し、前々から誘われていた上司根上淳と飲んで泥酔し、貞操を奪われてしまう。
しかしながら川本さんの本を見ると、川開きはこの映画の前年、昭和36年にいったん廃止されるとある(「流れる」の項)。木村監督は、廃止されたばかりの川開きを映画で再現し、廃止目前の佃の渡しを撮すなど、意図的に消えゆく東京の風物詩をフィルムに残そうとしたのかもしれない。
木村恵吾監督と若尾文子さんの組み合わせは、意外にいい映画が多いような気がする。これまで観たのは、「心の日月」「瘋癲老人日記」「娘の縁談」「幸福を配達する娘」の4作品。「やっちゃ場の女」は、佳品というほどではないものの、「銀幕の東京」的妙味がある。
やっちゃ場と言えば、ちょうどチャンネルNECO石原裕次郎シアターで今月放映されているのが、石原裕次郎芦川いづみコンビのコメディ「あした晴れるか」である。こちらは石原裕次郎がやっちゃ場に店を持つ叔父夫婦の家に間借りし、ときどき手伝いもしているのであった。
面白いのは、やっちゃ場で暮らす叔母が清川玉枝なのだ。「やっちゃ場の女」との不思議な符合。
「あした晴れるか」は、令嬢風の役柄が多い芦川さんが、コメディエンヌとしての魅力を存分に発揮したとても魅力的な中平作品である。一昨年11月にラピュタ阿佐ヶ谷で観て以来(→2005/11/13条)、観るのは二度目。
いやもう前回同様、とりわけ前半、芦川いづみ中原早苗の、裕次郎をめぐる応酬がゾクゾクするほど愉快である。また、黒くて太い伊達眼鏡をかけて童顔を隠すやり手風女性編集者芦川が、初対面の石原裕次郎に対して、小難しい写真理論を早口でまくし立てる場面など、笑いがこみ上げてくる。
童顔をオヤジのような眼鏡で隠しているゆえに、ラスト近く、安倍徹一派とのドタバタ騒ぎで頭にキャベツをぶつけられ(ぶつけたのが中原)気絶してベッドに横たわる眼鏡をとった顔の可愛さがひきたつ。芦川さんの代表作に数えたい一本だ。
ちなみにこの作品でも佃の渡しが登場する。「東京探検」というテーマでの撮影を依頼された裕次郎が、芦川と二人で佃の渡しを訪れ、その付近で撮影していたら、佃島に家があるという中原早苗とばったり出くわし、またひと騒動持ち上がる…。
やっちゃ場と清川玉枝、やっちゃ場と佃の渡し、偶然同じ日に観た映画がこの二点で共通したのであった。

あした晴れるか [VHS]

あした晴れるか [VHS]

*1:ただ調べてみるとそれ以前にも「新平家物語」に出演している。

*2:ISBN:4121014774