東京から離れることも

昭和の銀幕に輝くヒロイン第33弾 月丘

「東京の人(前篇・後篇)」(1956年、日活)
監督・脚本西河克己/原作川端康成/脚本田中澄江寺田信義月丘夢路滝沢修左幸子新珠三千代芦川いづみ/葉山良二/金子信雄/柴恭二/芦田伸介

朝から大雨が降っているのを見て出かけるのを一瞬躊躇したが、この作品を観る機会は今日に限られるため、思い切って出かけることにした。この悪天候をおしてわざわざ阿佐ヶ谷に映画を観に来る好き者も多くはあるまい。
そんなことを考えながら足もとをずぶ濡れにしてラピュタにたどり着いてみると、案に相違して長蛇の列で席もけっこう埋まっている。“いい映画”には天気はまったく関係ないことを思い知らされた次第。
裕次郎登場以前の日活文芸路線に位置する作品であり、原作は川端康成(むろん未読)。月丘夢路はもとより、滝沢修左幸子新珠三千代金子信雄・葉山良二らに加え芦川いづみまで出ているし、チラシには月丘・芦川が裸で一緒に風呂に入っているスチールが掲載されている。しかもタイトルが「東京の人」とくれば、個人的には観に行かないわけにはいかなかったのだった。
複雑な家庭が舞台。月丘・滝沢が再婚同士。月丘の連れ子左・柴の姉弟と滝沢の連れ子芦川が同居している。月丘は宝石商の令嬢で、立派な屋敷を持つ。しかし戦後は零落して駅で雑誌などの売り子をしていた。滝沢は出版社を経営する社長で、滝沢の社で出している雑誌を月丘が売りさばいている事などから二人は親しくなった。のち幼い娘を持て余した滝沢が月丘に娘を預け、以来月丘はわが子以上に芦川を可愛がって育てている。
滝沢の出版社が経営危機に陥り、第二会社を作るための資金を滝沢が持ち逃げ失踪したことから、家族崩壊が始まる。女優の左は同じ劇団の主宰者金子信雄と同棲、別居する。義理の妹芦川が好きな柴は、芦川に拒絶されて傷つき、友人のもとへ走る。
脚気の持病(!)のある芦川も、実父滝沢が失踪したため、居たたまれずに家を出る。残った月丘は、「そのお金を旦那さんの借金のために使えばいいのに」という陰口をものともせず、銀座の横丁に小さな宝飾店を開く。
失踪しホームレスとなって隅田川沿い(両国橋のたもとか)に暮らす滝沢。彼の元秘書で、愛人でもあった新珠三千代(相変わらず綺麗!)は彼の行方を捜し回り、ようやく尋ねあてるが、滝沢は頑なに元に戻ることを拒否する。
そんな家族一人一人の悲喜こもごもが、隅田川水上バスや日暮里駅、銀座のクリスマス風景、迎賓館の庭園、本郷炭団坂(?)など印象深い東京の点景のなかで演じられる。前篇のラスト、後篇の冒頭は、銀座にあった森永の地球儀ネオンから、晴海通りを渡る傷心の月丘夢路のショットだった。
そうそう、月丘夢路は、旧知の成金芦田伸介の弟で年下の外科医師葉山良二と恋仲だったのだが、いっぽうで葉山は芦川にも好意を抱かれ、月丘に別れ話を切り出した、その末の森永地球儀ショットなのだった。この作品における二枚目役葉山良二は、まだすっきりとした美男子。裕次郎登場以前はこんな大事な役者さんだったわけである。
「東京の人」というタイトル、原作の意図がどこにあるのか知らないが、最後に上野の浮浪者収容所を抜け新珠と二人で新生活を送るため船で東京をあとにする滝沢修がつぶやく台詞に結びつく。滝沢は「船から見ると東京にも郷愁が感じられる」「一度東京から離れてみることも大事だ」と新珠に話しかける。東京という都市に縛られて身を落とすものの、東京から離れられない東京人を描いた作品、ということなのだろうか。