小口論

書物の背といわれる部分には、ふつう書名が印刷される。この背以外の紙の切り口は三方あって、すべてまとめて「小口」と総称される。
このうち、上下はそれぞれ天・地と呼ばれ、背と反対の部分、ふだん私たちが本を読んでいてページをめくるときに指が接する部分の小口を「前小口」というのだそうだ。今回はこの前小口の話である。
かつて学生時代に古本屋でアルバイトをしていたとき、仕事のひとつにこの前小口を綺麗にすることがあった。
ページをめくるときにもっとも指の触れる頻度の高い部分がここだから、手垢で汚れるのはある程度仕方がない。前小口が汚れた本には、紙ヤスリをかけ手垢を取り去ってできるだけ白い状態に戻すようにする。
近年台頭してきた新古書店では、店に並べる前にほとんどの本の前小口を研磨機で削るという作業を行なう。紙ヤスリでせこせこと削っていたバイト先の古本屋とは雲泥の差である。
前小口を削るのは新古書店だけでない。版元(取次?)でも、いったん返本された新刊本の前小口を研磨機で削って再出荷するとみえ、ふつうに帯がかかってある本でも、新刊として出てからある程度の時間が経っている本の場合前小口が削られている状態のものがある。
私はこの削られている本が大嫌いだ。たとえ手垢・ヤケなどのために前小口を削って白く綺麗にしたとしても、ページをめくるときの指の感触が不快なのである。削られた本は削り口の紙の繊維がケバ立っているためか、前小口部分がふくらんだものが多い。前小口のほうを指で押さえたときのふわりとした感触も好きでない。だいたい削ることで本が少し小さくなるではないか。
やむなく削られたのを承知で購入した本でも、後日削られていないものを見つけたときには二重買いをしたことすらある。
版元別でいえば、文春文庫は一度読んだり、読まずに一定期間放っておくと前小口に凸凹ができる。ヤスリで削りにくかった。背の部分の糊が弱いのだろうか。その他はほぼ「優良」である。
天地まで小口論を広げれば、新潮文庫は天の部分の断裁を揃えていない。だから昨日触れたスピンが残っているのだろう。いまはなき福武文庫も天が揃っておらず、スピンがあった。天が不揃いであることに関してはこだわりはない。ただ天が揃っていないと埃がたまりやすいということはある。