風の吹きまわし

孤独な娘

ナサニエル・ウェスト(丸谷才一訳)『孤独な娘』*1岩波文庫)を読み終えた。
翻訳小説はとんと弱く、その第一の理由は外国人の名前がおぼえられない。だからほとんど読まない。それでも若い頃は何とかカタカナ書きになっている人の名前も頭に入ってきた。最近もたまに気が向いて購入するけれど、読んでみるのはたいがいミステリだ。でもそれも通読しないで途中で挫折してしまう。そんな翻訳小説が苦手なわたしでも、丸谷才一訳というふれこみには弱い。書棚を見やると、ブリジット・ブローフィ(丸谷才一訳)『雪の舞踏会』*2(中公文庫)なんていう本がある。丸谷本おなじみの和田誠さんのカバー。2010年に買ったが読んでいない。
最近買った『孤独な娘』もおなじ丸谷訳ということで、『雪の舞踏会』と一緒に丸谷本コーナーに差していた。たまたま電車で読む本を探していて、出かける時間まであまり間がなかったために、慌てて書棚から抜き出したのがこの本だった。丸谷訳、薄め(200頁に満たない)というのが決断の決め手だったかもしれない。岩波文庫なので残念ながら和田さんのイラストはない。
作者のウェストは37歳という若さで亡くなったアメリカの小説家。この『孤独な娘』は1933年に刊行された代表作だという。新聞紙の身の上相談欄を《孤独な娘》というペンネームで担当する「男性記者」が主人公。
彼のもとに寄せられる「身の上相談」は、貧困や性的暴力など悲惨なアメリカ下層社会を映し出していく。1930年代の大都会ニューヨーク。ウェストが書く人間模様や社会模様にさまざまあれど、もっとも気になったのは次のくだりだった。

とりまいている柵には、今日の事件を書いた紙が貼りつけてある。母親、斧で五児を殺す。七児を殺す。九児を殺す……ベーブ・ルース、二本かっとばす。三本かっとばす……。(70頁)
そうか、この《孤独な娘》はベーブ・ルースの同時代人なのか。この小説に登場する人びとは、大都市のなかで喘ぎながら暮しているいっぽうで、ベーブ・ルースのかっとばすホームランに歓喜していたのか、ということ。
調べてみると、1930年代初頭のベーブ・ルースはもうほとんど選手生活の晩年に近かったようだが、ホームランを「かっとばす」と表現されるほどの量産はしていたらしい。一時期彼は投手と打者を兼任していたという。そういえば、病気の子供にホームランを打つと約束して、本当にそれを実現したという逸話もあったっけ。これなどは、『孤独な娘』で描かれた世界に案外通じているのかもしれない。