カフェ・パウリスタを観に

子どもにあわせて早起きしているため、とにかくこのところ金曜日になるとがっくり疲れてくる。
東京国立近代美術館開館60周年の公式ツイッターにて、大好きな長谷川利行の「カフェ・パウリスタ」をめぐる挿話を読んでいたら、疲れていてもこれを観に行きたい、そんな気持ちにさせられてしまった。「作者が家賃がわりに置いていった」「元下宿屋の子息宅から発見」「なんでも鑑定団に出したことが発見につながる」「当初は黒く汚れて絵柄も見えなかったが、現代の高い修復技術により復活」なんて、ドラマティックではないか。しかもそうして発見された名画が、国立美術館に収蔵され、観ることができるというのが素晴らしい。以前この修復をめぐるリーフレットを美術館からもらってきたおぼえがあり、ということは観たようにも思えるのだが、あいにくここでは書かれていない。
いずれにしても、長谷川利行の絵なら何度観てもかまわない。金曜日の仕事帰り、疲れてさらに重くなった身体引きずって竹橋に向かう。館内に入って4階の所蔵作品展の会場に一歩足を踏みいれた瞬間、その疲れも忘れるのだから不思議なものだ。
4階のはじめのブースである明治・大正期の美術の空間では、それより先にアンリ・ルソーの大作「第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神」が迎えてくれる。原田マハさんの『楽園のカンヴァス』や岡谷公二さんのルソー評伝を読んだあとだけに、いっそう興趣が増す。
「カフェ・パウリスタ」は、代々木を描いた岸田劉生の有名な「切通之写生」や、木村荘八の「虎の門付近」の流れの先にある。この空間は絶妙だ。目を近づけたり、遠くから眺めたり、ためつすがめつ「カフェ・パウリスタ」の世界に入り込もうとする。紛うことなき長谷川利行のタッチであり、もともと汚れていて絵柄が見えなかったということが信じられないほど。女給の着物の帯やエプロンが白い絵の具でこんもり盛られて立体感をもっているあたりのマティエールに惚れ惚れする。
そのほかいいと思ったのは、鏑木清方の寄託作品「木場の春雨」。描かれた女性の着物の色(青緑)が、どうやったらこんな色を出せるのかというほど鮮やかで美しい。鏑木清方作品は後半期に「明治風俗十二ヶ月」の全12幅が展示されるようだから、もう一度行かねばならないと思っている。
今回はシュルレアリスムキュビズム風の作品が多かった。靉光や北脇昇作品、ブラック・萬鉄五郎(「もたれて立つ人」)・福沢一郎作品が並んでいるあたり、その工夫された展示が印象深い。「近代日本の水彩」という特集コーナーでは、古賀春江の水彩作品「遊園地」などというものもあった。
藤田嗣治戦争画「ソロモン海域に於ける米兵の末路」(作者自身が絵に記したタイトルは「ソロモン海域に於ける敵の末路」だった)は、あまり観たことのないフジタの戦争画だ。2006年にこの美術館で開催された回顧展図録を繰っても収められていない。小さな船に疲れ果てた米兵数人が乗っており、そのまわりを鮫の群れが泳いでいるという残酷な風景。「乳白色」とは正反対の暗い茶色の風景なのだが、これまた紛れもなくフジタ作品である。