読んだ本落穂拾い

今年の前半は自分の本を書き上げることで一杯一杯だった。しかしながら後半は、読書の量も映画を観る頻度もかつての感覚をだいぶ取り戻してきたように思う。といっても、まだまだ時間や気持ちに余裕がなく、かつてのように読みながら感想を書くためにポイントとなる箇所をチェックしておいたり、またそれらを集めて文章を頭のなかで練り上げるまでには至らなかった本が多い。もちろん読みさしのままの本も多い。
ひとまず、「読んだ」ということだけ忘れないため、ここに読了本を記しておきたい。

戸板康二『丸本歌舞伎』(講談社文芸文庫
きらりと光る言いまわしが多かった。けれども残念ながらチェックしていない。本書によって「丸本歌舞伎」ということばが生まれたとは知らなかった。

丸本歌舞伎 (講談社文芸文庫)

佐野洋『墓苑とノーベル賞』(光文社文庫
いつもながら軽妙な連作ミステリ。町内会の防犯係長を任されたおばさんが活躍する「日常の謎」系作品。佐野さんの本は電車で読むのに最適だ。

墓苑とノーベル賞: 岩中女史の生活記録 (光文社文庫 さ 1-35)

東雅夫編『文豪怪談傑作選昭和篇 女霊は誘う』(ちくま文庫
このなかに荷風の「来訪者」が入っている。平井呈一を悪く書いた暴露小説として知られているが、未読だった。「なぜ怪談」と思いながら読んだが、たしかに結末が恐ろしい。これをこういうアンソロジーに収録した東さんのセンスに拍手。

女霊は誘う 文豪怪談傑作選・昭和篇 (ちくま文庫)

川本三郎『銀幕の銀座』(中公新書
大好きな川本さんの本、とりわけ愛読している『銀幕の東京』の続篇にあたる本書の感想を書けなかったことは、「読んで、考えて、書く」という能力の低下を如実にあらわしている。36本のうち観たのは13本。まだまだ修行が足りない。

銀幕の銀座 - 懐かしの風景とスターたち (中公新書)

川本三郎『小説を、映画を、鉄道が走る』(集英社
『銀幕の銀座』と同様、興奮しつつ読み進めた本なのに、感想を書けなかったのは情けない。書くべきポイントは数え上げればきりがないほどあったのに。

小説を、映画を、鉄道が走る

北杜夫『楡家の人びと』第一部・第二部・第三部(新潮文庫
夏休みに読みはじめて、なんとか最後まで読み通せた。さすがに昭和を代表する大長篇小説のひとつだけある面白さだった。楡基一郎の三女桃子が哀しい。

楡家の人びと 第一部 (新潮文庫)楡家の人びと 第二部 (新潮文庫)楡家の人びと 第三部 (新潮文庫)

重松清季節風 冬』『季節風 春』(文春文庫)
重松さんの作品は、同世代の人間として胸が熱くなるものが多いのだが、そのことばだけでほかの感想が浮かんでこなくなる発想の貧困さがかなしい。季節風シリーズが春夏秋冬(順番は冬春夏秋)すべて文庫化されたので、読み通そうとしたのだが、結局まだ半分である。

季節風 冬 (文春文庫)季節風 春 (文春文庫)

藤澤清造根津権現裏』(新潮文庫
西村賢太さんが芥川賞を受賞されたからこそ、文庫化で陽の目を見た作品。これが文庫に入るのは事件だろう。とにかく読み通すのがつらい小説だった。タイトルほどにこの地域の景観描写がなされてはいない。藤澤清造はそういう作家なのだろう。

根津権現裏 (新潮文庫)

安西水丸和田誠『青豆とうふ』(新潮文庫
安西さんが文章を書くときは和田さんがイラストを、和田さんが文章のときは安西さんがイラストを描くという、連句的な趣向を凝らした逸品のエッセイ集だった。

青豆とうふ (新潮文庫)

丸谷才一『月とメロン』(文春文庫)
丸谷さんのエッセイ集は毎度面白いのだが、こうして読み終えてしばらく経つと内容を忘れてしまうのがいけない。「丸谷才一エッセイ全集」(総索引必須)という企画を、どこぞの出版社が考えくれないものか。

月とメロン (文春文庫)

大澤武男『ヒトラーの側近たち』(ちくま新書
やはりロンメルが登場してくるあたりにぐいっと引っぱられた。

ヒトラーの側近たち (ちくま新書)

井上篤夫『素晴らしき哉、フランク・キャプラ』(集英社新書
これを読んで「素晴らしき哉、人生」を観たくなった経験も風化しつつある。三谷幸喜さんの「ステキな金縛り」では、キャプラ監督へのオマージュが捧げられており、傾倒がうかがえる。

素晴らしき哉、フランク・キャプラ (集英社新書)

小川明子『文化のための追及権』(集英社新書
なぜ画家が貧しいのかがよくわかる。著作権という概念はなかなかむずかしい。

文化のための追及権 ――日本人の知らない著作権 (集英社新書)

沢木耕太郎『ポーカー・フェース』(新潮社)
この本の感想も書けなかったとは。文庫で再読したときを期そう。

ポーカー・フェース

高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』(白水社
外国語を日本語に移し替えるという作業の神秘性に打たれる。

字幕の名工 ─ 秘田余四郎とフランス映画

鹿島茂『蕩尽王、パリをゆく 薩摩治郎八伝』(新潮選書)
鹿島さんはクロニクル作家には向いていないのかもしれない。とはいえ、コナン・ドイルアラビアのロレンスと薩摩治郎八が本当に会ったのかという「本人の証言」を、さまざまな文献にあたって解き明かすあたりの叙述は、読んでいてワクワクする。

蕩尽王、パリをゆく―薩摩治郎八伝 (新潮選書)

鈴木隆祐『東京B級グルメ放浪記』(光文社知恵の森文庫)
本書を手に取ったとき、文春文庫ビジュアル版のテイストを感じたわけだが、著者はまさしくビジュアル版のような本づくりを目指したのだという。とても美味しそうなのだが、年齢的に食べきるのがつらいようなメニューが並んでいる。

東京B級グルメ放浪記―知られざる名店を探せ! (光文社知恵の森文庫)

柴田哲孝『銀座ブルース』(双葉文庫
帝銀事件下山事件など、戦後を代表する不可解な事件を背景に、その捜査にかかわる刑事を主人公として戦後の東京の世相を描いた連作短篇集。感想は書けなかったが、なかなか面白い本だった。この手の警察小説(ミステリ、ハードボイルド)が好きな人におすすめ。

銀座ブルース (双葉文庫)

小野民樹新藤兼人伝 未完の日本映画史』(白水社
一度通読したが、今後も折にふれて読み返す本になるだろう。

新藤兼人伝 ─ 未完の日本映画史

原武史『「鉄学」概論 車窓から眺める日本近現代史』(新潮文庫)/『鉄道ひとつばなし3』(講談社現代新書
わたしはいわゆる“鉄ちゃん”ではないけれど、子供のころ、はしかのように時刻表読みに熱中した時期はある。鉄道にはその程度の縁しかないわたしのような人間でも、この手の原さんの本は知的好奇心を満足させられ、読書の快楽をおぼえる。

「鉄学」概論―車窓から眺める日本近現代史 (新潮文庫)鉄道ひとつばなし3 (講談社現代新書)

関容子『日本の鶯 堀口大學聞書き』(岩波現代文庫
出たのは2010年。旧版(講談社文庫)で一度読んだはずなので、今回が再読だが、とにかく面白い。これを読んで堀口大學の訳詩集『月下の一群』を書棚に探し、読みさしだった長谷川郁夫さんの評伝『堀口大學 詩は一生の長い道』(河出書房新社)をふたたび開いた。そして全詩集を買いたくなった。堀口大學という人は魅力にあふれている。

日本の鶯 堀口大學聞書き (岩波現代文庫)
あとこのほか、荷風の『腕くらべ』『おかめ笹』(ともに岩波文庫)を読んだ。ふと手にした『腕くらべ』がけっこう面白かったので、その勢いで『おかめ笹』を読みはじめたのだが、こちらはわたしにとっては今ひとつ興に乗ることができなかった。
こう見てくると、忙しかった、余裕がないと言うわりに、よくいろいろな本を読んでいるではないかと思わずにはおれない。ひととおり自分が読んだ本の書名を並べてみると、やはりそこには、見て自分が興奮するような理想の書棚ができあがっている。2012年も今年同様たくさんの面白い本に出会うに違いない。それを楽しみに、また一年を過ごすことにしよう。