絵巻を流して見ると

藤牧義夫展

妻に群馬までのドライブ・デートを誘ったものの、テニスに行く、と断られたため、やむをえず、ひとり車で群馬県立館林美術館に行く。サブ・ドライバーがいれば安心だというもくろみを鋭く察知されてしまったらしい。
首都高と東北道を使って館林まで一時間半。意外と近い。館林美術館は、白鳥飛来地として有名らしい多々良沼の近く、田園風景が広がるなかにある。敷地が広く、前庭も緑と水にあふれ、美術館の建物も明るく奇麗で、絵を観に行くということの喜びを感じさせる素敵な空間だった。
駒村吉重『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』*1講談社)読了以来、ひとりで盛り上がっていた藤牧義夫熱を発散できる機会を得て嬉しい。駒村さんの本で取りあげられていた作品群はもちろんのこと、藤牧義夫の版画作品、スケッチ、参考資料(ポートレイトや関係文献)などが広々としたギャラリーのなかに展示されていた。メインとなる版画は、代表作「赤陽」が多少大きいくらいで、あとはほとんどハガキ大の小品ばかりなのだが、そこに描かれている都会の風景は、物寂しい冷ややかさを感じさせる雰囲気があり、好ましい。地方の人間が描く都会、とくくっていいだろうか。
もう一つの代表作「隅田川両岸画巻」(現在は「白描絵巻」が正式名称らしい)は、四巻あるうちの後半二つ、浅草三囲神社から白鬚橋を描いた第三巻と第四巻が、すべて開かれて展示されている。あの長大な(一巻約16メートル)を端から端まで観ることができるのはありがたい。
隅田川の両岸という空間を、縦28センチ、横16メートルという絵巻のなかに描き尽くすというのは、まさに奇想であり、その意味でこの絵巻に奇作ということばを思い浮かべてしまう。巻首から巻尾まで少しずつゆっくり身体を動かして観る。道ばたにうち捨てられているゴミまで描かれている。
四巻あるうちの残り二巻(隅田川下流相生橋あたりを描いた一巻と、一之江申孝園を描いた一巻)は会期後半(8月9日から28日まで)に展示されるそうだ。
図録(公式カタログ)は、『生誕100年 藤牧義夫という書籍として、求龍堂から出されている*2。ならば生協書籍部で一割引でも買えるわけだが、やはり観た美術館で買い求めるのが礼儀だろう。ミュージアムショップで求めると、正誤表一枚と、「白描絵巻」四巻が収められたDVDを付けてくれた。帰宅後PCで見てみると、巻首から巻尾まで、絵巻の上にカメラをゆっくり流して撮った映像が収められている。これを見ていると、自分が定点に立ち、360度一回転して周囲を眺めているかのような錯覚をおぼえる。描かれているのは360度周囲の風景ということではないと思うが、動かない図版で見たり、今回実際自分の身体と目で現物を見たときの実感とは違った見え方がして、なかなか面白い。
このDVDは美術館のミュージアムショップで図録を買ったときに入れられたので、書店で市販されるものには付かないのかもしれない。だとしたら、やはり美術館で図録を買って良かった。
この展覧会は館林美術館と神奈川県立近代美術館との共催であり、後者では来年1月から3月にかけて藤牧展が開催されるようだ。「白描絵巻」の残り二巻を実見するのはこのときでもいいかもしれない。
最近話題になっているらしいipadアプリ「版画」で、「赤陽」風の版画を彫って、刷ってみた。何せ無料アプリなので、彫刻刀が一本しか使えず、細かい作業ができない…、いや、追加料金を払っていろいろな種類の彫刻刀を買っても、たぶん上達しないだろう。美術は苦手だったから。