写実絵画の不思議

ホキ美術館は、千葉市の東、住所でいえば緑区あすみが丘東というところにある。外房線JR土気駅が最寄駅である。昭和の森という森林公園に接している。…とわかったように書いているけれど、土気という駅、あすみが丘という地名ははじめて聞いた(外房線は一度通っているはずだが記憶にない)*1
ホキ美術館は、日本初の写実絵画専門美術館として、この3日に開館した。医療製品メーカーの経営者保木将夫氏がこれまで収集してきたコレクションを公開する個人美術館である。当日の朝刊新聞に全面広告されていたし、テレビでも取り上げられた。何の媒体だったか忘れたが、わたしはそれ以前にこの美術館のことを目にしたように思う。それで少し心が動いていた。
偶然のめぐりあわせとは嬉しいもので、開館当日、息子のサッカー試合が千葉市フクダ電子アリーナで開催されるので、サッカー場がある千葉市蘇我に行かなければならなかった。フクダ電子アリーナとはいまはJ2に降格しているJEF千葉のホームグラウンドである。
蘇我は千葉でも東のほうにある。ひょっとして…と地図を見てみると、ホキ美術館まで車で30分程度で行くことができる。蘇我でサッカーをする機会はめずらしく、しかも気になっていた美術館の開館当日である。これは行くしかないだろう。息子のサッカーは妻にまかせ、二人をサッカー場に残し、わたしは一人土気へ向かう。
海から山まで、都会から田舎まで、千葉市は広いなあとは思っていたけれども、ホキ美術館のある土気もまた千葉市なのだ。美術館が隣接する昭和の森という公園は、休日は家族連れで賑わうようだ。開館時間の10時頃当地に着いて昭和の森の駐車場に車を停めると、雪かきスコップの先を大きくしたような、たぶん芝生の上をすべるソリであろう平たいプラスチック用具を持った家族連れが目につく。
美術館は一直線に伸びたギャラリーが一階から地下二階まで三階構造で広がり、次のフロアに降りる(上る)階段は蹴上げの部分がふさがれておらず、シースルーになっている。とくに地下一階から地下二階に降りる階段の空間はゆったりとして気分がいい。あたらしい美術館だけあって、心地よく絵を観ることができるような配慮がなされている。
展示されているのは、一見して写真と見まごうような「写実絵画」ばかり。人物、静物、風景、画題はさまざまだ。遠目で観て写真だろうと思いつつ、作品に目を近づけてみると、たしかにキャンバスに油絵で描かれている。近くで観るとたしかに絵画なのだ。やっぱり絵だと思い、ふたたび距離をおいて作品を眺めてみると、「写真だろう」。そんな繰り返しで、これまで写実絵画にほとんど関心を持っていなかったが、視覚トリックを駆使しただまし絵を見たような感覚で、陶酔の極に達する。
当たり前なのだが、写実絵画といっても、「写真に見える絵画」というだけにとどまらない、画家によって個性がさまざまであることも知った。とくに保木氏好みの画家である野田弘志氏の風景画は見事だ。何が見事かというと、遠目で見ると写真、近くで見ると油絵という視覚的トリックのみならず、マティエールの凹凸にも工夫された、立体感のある写実絵画なのである。「こういう絵もあるのか!」と、目から鱗が落ちた思いであった。
たとえばダリ、たとえばルネ・マグリットのようなシュルレアリスムの画家もまた、写実的な素材に非現実的な仕掛けをほどこしており、その意味での「写実絵画」は好きではあったが、純粋な写実絵画がこんなに面白いとは。またひとつ絵を観る面白さを知った一日であった。

*1:Wikiペディアで知ったが、あすみが丘というのは「チバリーヒルズ」と呼ばれる高級住宅街なのだそうだ。たしかに車で通ったとき、南欧風の明るい色の家が連なっていた。