しあわせなタバコ

和田誠の仕事

タバコをやめて十数年経つ。そのころ200円台前半だった一箱の値段は、税金の値上げによって400円台に突入した。もしも禁煙しないで吸いつづけていたら、この値上げにどう対処したであろうか。
わたしのばあい、就職、東京への転居、体調の悪化、このような要因がからみあったすえ、さほど苦しまずにタバコをやめることができた。やめてからもタバコを吸う人びとへのシンパシーは持ちつづけているつもりである。ただ、さすがに新幹線の喫煙車には乗ることができない。よくぞあのなかでタバコをプカプカやっていたものよと、昔の自分が信じられなくなる。
タバコを吸いながら歩いている人の後ろを歩くのも好きでない。足早にその人を抜き去るか、真後ろにいないように身を避ける。飲み会などで衣服についたタバコのにおいを厭がるようになった。シンパシーどころか嫌煙者だと言われかねないが、喫煙権は保障すべきだと思う。
観ようと思っていた映画や展覧会をことごとく見逃している今年だが、さらに最近はその度合いが増しつつあり、身の回りに不愉快なことが頻発するようになって、観に行く機会がなくなると思いきや、逆に無理してでも行って気持ちを切りかえよう、そんなヤケ気味の気分になっている。
そろそろ会期が危なくなったので、重い腰をあげて出かけたのは、たばこと塩の博物館で開かれている「和田誠の仕事」展であった。かなえられることはなかろうが、いつか和田さんの装幀で自著(それもかぎりなく専門書に近い)を出したいというのが夢である。今回の展覧会に並んでいる和田作品を見るにつけ、その思いを強くした。
今年ハイライト発売50周年なのだそうだ。それを記念しての和田誠展。いうまでもなく、和田さんはハイライトのパッケージデザインを担当した方だ。なかなかいい企画ではないか。
展示内容も充実している。ポスターや、ロゴ、絵本、装幀、映画、LPジャケットなど、媒体ごとに作品が並んでいるほか、タバコを吸うシーンが印象的な映画のワンカットを描いた「映画のなかのたばこ」や、かつて描いた「ピース」の広告シリーズをカラーで描き直し、新作も加えた「地にはピース」など、和田さんらしい仕事に自然と顔もほころぶ。

洋の東西を問わず、たばこは映画の中で効果的に使われていた。男と女の出会いの時に。二人の男の別れの時に。あるいは女優のお洒落の小道具として。男優のかっこよさの表現として。(図録キャプション)
昔の映画を観ていて、飛行機や産婦人科病院のなかでもタバコが吸われているのに驚いたが、それほどタバコは普通だった。効果的、重要なシーンの小道具でもあったが、ごくさりげないシーンでも、誰でもタバコを吸っていた。それが昔(黄金時代)の映画の良さだと思っている。和田さんの絵も、タバコを吸う男優女優が様になっている。
和田さんもわたしとおなじで、元喫煙者とのこと。しかし「地にはピース」の連作を観ていると、和田さんのタバコへの愛情がにじみ出ていて、こういう人がいるかぎり、紫煙の文化はなくならないと、なぜか安心する自分がいる。