永井龍男全集

永井龍男全集

積ん読の山の底のほうから、『永井龍男全集』が出てきた。『内田百間全集』とおなじく講談社から刊行されたもの。といっても、『内田百間全集』とはちがい、『永井龍男全集』は端本二冊を持っているだけである。
このうちの一冊、第四巻(短篇小説4)には、見返しに句が書き添えられた著者の献呈署名が入っている。永井龍男も好きな作家だし、値段もお手ごろだったはずだから(もっともいくらだったかは忘れてしまった)、つい買ってしまった。出張先で仕事が終わり、ホテルに帰る前に同僚に連れられてはじめて立ち寄った大阪阿倍野古書店だった。
句は「あたたかに江の島電車めぐりくる」というもの。上五のうち「た」がひと文字抜けてしまい、脇に加えられているのが微笑ましい。この句は過去に詠まれたものなのだろうか。それとも、署名を求められての即興なのだろうか。
さいわいいま一冊の端本が、俳句集を収めた第十二巻である。久保田万太郎と異なり、この巻には季語索引が付いていないため、整理もそっちのけで全集のページを繰ってみた。しかしながら先の句は見あたらない。
「あたたか」というのは春の季語。うららかな春の一日、鎌倉の町に散歩に出たところ、ゆっくりと江ノ電が走っている光景が目に浮かぶ。なかなか春めいた気候にならず悶々としているけれど、落ち着いたら鎌倉に出かけるのも一興か。
永井龍男鎌倉幕府東御門跡近くに住んでいることにちなみ、俳号を「東門居」と称している。見返しの句もそうだが、鎌倉住まいならではの、当地の風情を織りこんだ佳句が多く、しばしページをめくる手をとめてしまった。