映画人の書いた本

映画録音技師ひとすじに生きて

映画人の書いた本を読むたび、「映画は総合芸術だなあ」としみじみ嬉しくなる。監督や脚本家、俳優だけでなく、カメラマンや美術、音楽や音声、そして編集やスクリプターに至るまで、たぶんどの分野でも関係なく、その分野のしかるべき立場の人が書いた本は、きっとそれぞれ面白いに違いない。
最近読んだ本でいえば、美術監督中村公彦さんの『映画美術に賭けた男』*1草思社、→2006/10/24条)や、同じく中古智さんの『成瀬巳喜男の設計―美術監督は回想する』*2筑摩書房、→2005/4/27条)などすこぶる面白かった。
これはまだ読んでいないが、音楽監督佐藤勝さんの評伝、小林淳『佐藤勝 銀幕の交響楽』*3ワイズ出版、→4/2条)もさらに期待を抱かせる。
先に掲げた中村公彦さんの本もそうだが、草思社は映画関係に力を入れているようで、最近出た林土太郎さん(土は点あり)の『映画録音技師ひとすじに生きて―大映京都六十年』*4草思社)も面白く読んだ。
林さんは戦前の日活京都撮影所に入所し、監督部・撮影部の順で希望していたが、録音部に配属された。第二撮影所でマイク係となって、以来録音関係の技師の道を歩むことになる。時代はトーキー初期、録音には試行錯誤さまざまな困難がともなった。
前々から不思議に思っていたのだが、初歩的な疑問なので恥ずかしくて口に出せなかった。ビデオテープのような磁気テープならまだわかるが、映画のようなフィルムの場合、どうやって音声を記録させる(あるいは上映のときどうやっている)のだろうか。映像とは別に、音声用のフィルムというものがあって、音の信号を光に変えてフィルムに焼き付ける本書にあったが、そうやって説明されてもさっぱり想像がつかないから困る。
まあそれはいい。林さんは軍隊生活(敗戦直後加東大介南の島に雪が降る』のような芝居経験があるあたり、さすが映画人だ)から帰ってきたあと、日活を吸収した大映京都撮影所で戦後の仕事を始める。大映製作である黒澤明監督の「羅生門」にも携わった。しかし戦後黄金時代大映の時代劇といえば、市川雷蔵勝新太郎の二大スター。それぞれの代表的シリーズの録音を手がけることになる。録音係というのは、ただ声や音を録るだけでなく、効果音などの製作も仕事のうちであることを初めて知った。
「怪談佐賀屋敷」という入江たか子主演の化け猫映画で、怪猫が惨殺される断末魔の叫びを録音するとき、撮影所内にうろついていた野良猫を捕まえ、猫を長椅子において、尻尾を板で押さえつけたときに飛び出す叫び声が採用されたのだという。野良猫を捕まえるとき、係の人が指を噛まれて流血するというおまけつきであった。
林さんはとりわけ勝新太郎とウマが合い、映画衰退後勝プロ制作のテレビドラマの音声も担当したほど。本書には勝新太郎をめぐる興味深いエピソードに満ちている。
ある出演作品のラッシュを見た勝新太郎が、その中のワンシーン、万里昌代が走る場面での走る音の快適さに驚き、終わったあとすぐ林さんに声をかけてきた。ここは台本にはただ「役者が呼吸を弾ませて急いで来る」としかなく、林さんは前後のシーンとのつながりを考慮したうえで、自ら足音を工夫したすえに満足のいく音が取れたという場面だったのである。

一般の人なら聞き流す音を、彼の優れた聴覚と感性のよさが的確に捉えていたのだ。(196頁)
こんな挿話を知ると、ゾクゾクと嬉しくなってしまう。