星新一作品の古い版を探せ

星新一―一〇〇一話をつくった人

最相葉月さんの『あのころの未来―星新一の預言』*1(新潮社)は面白い本だった(→2003/5/21条)。現代最先端の科学技術を論じる切り口として星新一作品を取り上げるという文理融合型の刺激的な本。単純なわたしゆえ、この本を読んで星新一が読みたくったことは言うまでもない。
その後同書が文庫化されたときにも購い、いずれ読もうと思いつつ、またそれをきっかけに星新一に心が動いたのだけれど(→2005/9/3条)、このときも行動がついていかなかった。ただその後角川文庫で『声の網』『きまぐれロボット』2冊の改版が出たので購入している(2006年1月改版)。星新一に対する興味はまったく消えているわけではなかったのである。
そこにきて、最相さんの新著星新一―一〇〇一話をつくった人』*2(新潮社)が出たのでこれまた購入、さっそく読んだ。500頁を超える浩瀚星新一の評伝である。『あのころの未来』執筆をきっかけに、星新一という作家への人間的関心が芽生えてきたのだという。
最相さんらしく、関係者に対するおびただしい取材と、没後遺されたメモをはじめとする厖大な遺品整理を引き受けたなかから、浮ついていない、地に足をつけたような堅実で読み応えのある評伝ができあがった。いちばん最初の評伝が、こんな取材と資料に根ざした堅牢な本となった星新一は幸せである。
星一の「負の遺産」を継承して苦難の道のりを歩み始めた「星親一」だが、信頼していた人からの裏切り(ただその人から見れば必ずしも「裏切り」というわけではない)を受け傷つき、会社(星製薬)を他人に引き渡して、経営から退く。
会社経営に苦しんでいた頃、息抜きのように科学小説愛好者たちの同好会におもむき、そこから知らず知らずのうちに小説家としての道を歩み始める。わが国におけるSF小説の勃興期と星新一の歩みをだぶらせながら、「作家・星新一」が生み出されるまでを描いたあたりはぐいぐいと読ませる。
1001話のショートショートを書いた人として知られる星新一の、産みの苦しみにも筆が及ぶ。SF作家仲間、ひいては文壇での自らの位置づけに苛立ち、アイディアが枯渇しそうになっては苦しむ。そこに1001話という目標を見いだして突き進む姿。目標を達成してからの、抜け殻になったような、それでも文壇にしがみつこうとしていた姿。あまりに痛々しい。
星新一の小説は、固有名詞を使わず風俗描写もできるかぎり省いた手法で、民話・童話に近い普遍性を獲得していった。また人間を描くのにも、人物描写・心理描写に頼らず、ストーリーそのものだけで人間の本質に迫ろうとした。いまのわたしには、それゆえに物足りなさを感じるのは否めない。風俗描写、それが細かければ細かいほど喜ぶ性向になっているからだ。
ただ、初めての新聞連載小説だという『気まぐれ指数』には心動かされた。東京新聞に連載された本作品、星新一獅子文六のある種の作品への挑戦」(328頁)という意図で筆を執ったという。獅子文六の作品は流行語や当時の世相風俗をふんだんに取り入れた時代性が特徴だ。したがって時代が推移すれば、新しい時代にそぐわないものとなる。星新一「流行に左右されない古びない作品を目指」した、それが獅子文六への挑戦の意味ではないかと、最相さんは推測する。
古びない作品をという意識が強いあまり、文庫改版などのさいに、テキストを徹底的に改訂することが常であったという。最相さんは江戸川乱歩との共通性を見いだしている。「のれんに腕押し」という慣用句から、「いつも、もう少しという感じで」という一般的な表現に変える。「内職の封筒のあて名書き」をただ「内職」に、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」になど、ゲラがまっ赤になるほど直しが入ったというのだ。獅子文六の対極をゆこうとしたとはいえ、新聞連載の常として風俗描写を免れなかった『気まぐれ指数』は、とくに直しが多かったという。
つまり星新一の作品にはたくさんのヴァリアントがあるということになる。風俗描写好きとしては、現在新刊書店の棚に並んでいる星新一作品では満足できないわけだ。あくまでわたしにとっての話だが、星新一は改版前の古いバージョンを探すべし、か。
そう思ってブックオフなどを見てみると人気作家ゆえか、刊行点数が多いわりに、あまり星作品は並んでいない。古いバージョンであれば105円棚に回されると思われるが、それでも少ない。ブックオフや古本屋を回るさいの目標が久しぶりにひとつ増えた。